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セールス・マン
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プリンス・プレタポルテ

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「今市街地を通ってきたが、まぁ言っても数ブロックだけどな、確かに外は無茶苦茶さ。この街一杯を使って鳥撃ちしたみたいに、家も車も穴だらけになってやがる。けれど、それだけだ。社会主義なんて、あのくそ忌々しいゴシップ誌の見出し並みに当てにならないもんだからな」
 間投詞としてはさまれる言葉の中にはこのカジノにふさわしくない単語が多々あったが、幸い自らの欲望と華やかな賑わいに麻痺したな客達は聞く耳を持たない。再びグラスを要求するフィリックスとグレゴリオを、バーテンダーが困惑の表情で見返す。無言で、従うように促した。
「だといいんだが」
「そうなんだよ、実際。カストロの兄弟、行く先々で女の脚を撫で回してるって話じゃないか」
 勢いよく注がれる黄金色の液体の泡が、視線に苛まれ弾ける。
「コミュニストはアレが好きだっていうからな」
「カストロは社会主義者だろう」
「どっちも似たようなもんだって。ここだけの話だがな」
 カウンターに身を乗り出し、悪戯を思いついた子供のような顔で声を潜める。
「ジャック・ケネディは弟を使って、個人的にこっちの情勢を探らせてる。ボビーの許に誰がいるか……わかるだろう?」
 脚の長いシャンパン・グラスをつまんだフィリックスを、グレゴリオはまじまじと見つめた。
「驚いたな。手が早すぎる」
「だろう。まぁ、実際あっちの手も早いって話だがな」
 ニュージャージーのパブで猥談をしているかのような顔つきで、フィリックスは唇をゆがめた。
「今度の選挙では、彼に入れるのが得策だと思うね」
 小さく揺れるグラスの中身を啜る。
「まぁ、俺はスケを探して、きままな行楽を楽しむくらいが今の任務だがな」
 身を起こし、ハリウッド一の大物歌手は、気取った大またで喧騒の中に戻ろうとしている。
「ああ。チップは好きに使ってくれ」
 手を上げ返して呟いた掠れ声もしっかり聞き取ったのか、フィリックスはこぼれるほど勢いよく酒を掲げてみせた。
 彼の身体が隠していたカウンターの奥には、半分だけ口をつけたシャンパングラスが5つか6つ。現地人のバーデンダーは、明らかに不機嫌な目でそれを見下ろしている。
「しょうがないさ」
 グレゴリオは肩を竦めた。
「それがハリウッドの流儀だと思い込んでるんだ。放っといてやれ」