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プリンス・プレタポルテ

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8.グレゴリオ


  飛び込んできた男の顔は普段の自信に満ちた顔とはかけ離れたものであり、決まり悪そうに視線は斜め左に向いている。おかげでナイフの痕が視界の中心を大きく占領し、グレゴリオは頬杖の上でため息をついた。
「何だって」
「その、ディーラーにカードを直接手で配れと言い続けてましてね」
「放り出せ」
 飲みかけのスコッチが入ったショットグラスのふちを指でなぞる。
「ホテルの外の風に当たってきたら、少しは頭も冷えるだろう」
「はぁ。けれど」
 男はまだ口ごもったまま、頭を掻いている。苛立つよりも先に疲れが溜まる。
 ここ数年肉体の疲労は感じても精神が昂ぶって眠れないことは多く、かといって夜の帳を相手に煽る酒は肝臓の衰えに比例して確実に蓄積し、かつてのような覇気は到底みせることはできない。そこに気鬱さを増す南アメリカの湿気が加わり、気分が良いとはいえなかった。けれど、話を聞くのが嫌いなわけでは決してない。余り多くを語らぬ自らの分を補うように語られる友人達の言葉に、相槌を打つ手間を惜しんだことは一度としてないと断言できた。
 それでも、これはあくまである程度の中身が伴っていることを前提としており、不必要な間投詞や吃音が好きなわけでは無論ない。
「なんだ」
 女や、時には男すらも震え上がらせる冷えきった無表情で―結局、幾らあがいたところで、生まれ育ちを消すことなど出来はしないのだ―グレゴリオは男を見上げた。
「ラッキー・ルチアーノが来たって訳でもないだろう」
 案の定、目の前の男も微かに身を緊張させる。
「はぁ、ある意味それよりも厄介で」
 両手を前で組み合わせ、男は天を仰いだ。
「向かいのホテルから飛んできたミスタ・サッキーニですよ」


「そんな泡食って飛んでこなくてもいいんだぜ、あんたの足じゃ、この距離は大変だろう」
「あんたに身長のことを言われたくないね」