プリンス・プレタポルテ
ふと浮かんだのは、埃だらけの道の真ん中に大の字になっているアーネストの姿。正確にはアーネストではないのかもしれない。数ヶ月前、アーネストに貰ったチケットでロバート・キャパの展覧会に行った時見た、銃弾に頭を撃ち抜かれ倒れる兵士の写真に彼女は大きな衝撃を受けていた。シャッターが切られた瞬間命を落としたレジスタンス兵の背後に見えるこんもりと盛り上がった草と土は、このキューバでも田舎へ行けば幾らでも見られそうな風景だった。それに、そうだ。アーネストはスペインにも行ったと自慢げに語っていた。
もしもアーネストの代わりにレジスタンス兵が命を落としたのなら、その兵士の命を償うため、今度こそ神は彼を遠いかなたへ連れ去ってしまうかもしれない。馬鹿げた考えだとはわかっているにも関わらず、彼女の頭は同じポーズで宙に吹き飛ばされるアーネストの姿に完全に占領されてしまった。
彼女にとって、自らの身が孤立している事実よりも、これからやってくるかもしれない孤独のほうが数倍恐ろしかった。彼に二度と会えなくなるのなら、きっと自らの命を奪う流れ弾を求めて、裸足のままホテルの外へ飛び出だすに違いない。二人で一つの棺桶に安置され、飛行機から下ろされる。母は冷たくなったベアトリスの亡骸に取りすがるだろうし、アーネストのファン達も、きっとたくさんの花を棺に手向けてくれるだろう。人々は、悲劇の恋人達の姿に涙を流す。それほどの手間を掛けられないと言うのなら、冷たくなった二人の身体を固く結びつけ、アーネストが好きだった海に流されるのも良いかもしれない。
冷えていく足の先を小刻みに動かしながら、ベアトリスは陰湿なイメージに身を任せることで、闇を増す部屋の空気に抗い続けた。想像は、暗い分どこまでも甘美だった。
作品名:プリンス・プレタポルテ 作家名:セールス・マン