プリンス・プレタポルテ
ベアトリスが頷くと、その少女は猫のように笑い、そっと彼女の耳に掌をかざした。
「アレが強い男は食欲も旺盛だっていうものね」
「やめてよ」
ベアトリスは真っ赤になって彼女の手を叩いた。
「そんなこと言うもんじゃないわ」
「でもアーニー・ファウラーってあれでしょう」
ボビーソックスとお下げ髪の純粋な少女を演じる予定である彼女は、この前ピーター・ローフォードから夜のデートへ誘われたと盛んに吹聴して回っていたが、果たして事実かどうか。ベアトリスを始め、他のボビー・ソクサー軍団の見解は極めてシビアなものだった。リズ・テイラーを振るスターが、幾ら飢えたとしても、こんな口の大きな女なんかに。
本人がチャーム・ポイントの一つだと思い込んでいる前歯を厚い唇から覗かせ、彼女はまた身を摺り寄せてきた。
「この前アフリカのロケに行ったとき、撮影クルーの可愛い子と遊びまわってたって、本当なの?」
ベアトリスは、パイプ椅子が脚に絡まるのも全くお構い無しで勢いよく立ち上がった。
「別に構わないわよ、彼が誰と遊びまわってても。スターなんだから当たり前でしょ」
アーネストの笑顔が浮かぶ。彼の薬指の指輪を思い出す。ロビン・フッドの衣装を着て、ヒロインと情熱的な口付けを交わしていた恋人の姿が記憶の中から呼び起こされる。アーネストは、彼女が知る限り一番ハンサムで、子供っぽい顔をしてみせながら、にっこりと唇を引き上げ、ベアトリスの手を掴んだ。
今更驚いたような表情を浮かべる友人を見下ろし、彼女はこの上なく冷たい表情で言い捨てた。
「彼はとてもいい人よ、生まれながらのヒーローだわ。あなたなんかにわからないでしょうけど」
田舎にいたときの癖で思わず唾を吐きかけそうになったが、知らずと乾ききっていた口腔内は舌が張り付くほどだった。
「どんなところからでも、きっと帰ってきてくれるんだから」
何かが砕ける音が響き、開かれたままの視界が大きく揺れた。
作品名:プリンス・プレタポルテ 作家名:セールス・マン