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プリンス・プレタポルテ

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5.グレゴリオ


 グレゴリオは軽く首をかしげ、差出された掌にシガーナイフを乗せた。
「どうだろう。それは無いんじゃないか」
「そりゃあ、ここはランスキーが付いてるからな」
 サルヴァトーレは整えられた丸い指で器用にナイフを扱った。大ぶりのダイヤが光る指輪と、ナイフの刃が明かりを受けて共鳴したかのように光を発し合う。軽く身体をゆすれば、オーダーメイドのスーツの下で、仕立てのよいワイシャツに隠された太鼓腹が波打った。その仕草も決して下品ではなく、イタリア北部人種特有の陽気さの中に、アメリカの上流階級に成り上がった自らの地位をしっかりと理解した慎ましやかさを備えている。スクリーンで自分が演じたギャングなんて大嘘だ。本当のマフィア、否、マフィアに限らない。本当に揺るがない地位を得ることの出来る男は、命じられたら幾らでも上品に振舞えるものなのだ。
「だが油断は出来ない」
 サルヴァトーレが葉巻を口元に持っていったのとほぼ同時に、ライターを差し出す。伸ばされた太い首に乗った顔は、火に照らされた分特徴が強調され、そのたびにグレゴリオは嘆息せざるを得ない。大きな鼻。黒を基調とする目と髪。全て自分の身体に受け継がれている。これは彼の職業を絶対に認めようとしなかった父のものであり、同時に、彼を認め多くの下心を以ってほんの少し後押しし、今もがっちりと肩を組むサルヴァトーレ達と全く同じルーツを持っている。事実を喜びながら自嘲する、そうした曖昧な表情をスクリーンで浮かべるたび女たちは蕩け、男たちは日々の鬱憤を晴らした。
 夕闇は濃くなり、相変わらず外では物騒な争いが続いているものの、広い敷地に囲まれたホテルには殆ど銃声も聞こえてこない。窓の外遥か遠く、濃紫色の空にところどころ白と橙の光が下から突き上げている。隔離された場所からならば、火災の炎も灰色の煙も、美しいアトラクションだった。
 磨かれたガラスに映った自分の顔を極力見ないようにしながら燃え上がる市街地を見おろせば、今度はサルヴァトーレがため息をつく番だった。
「今、ニューヨークは物騒だ」
 言葉と甘い香りは、薄い煙に紛れて妙な郷愁を思い起こさせた。イタリアでもアメリカでもない地に立つ今、グレゴリオは一時的だが俳優兼偽オーナーである自分に集中することが出来た。
「マイヤーはのんきそうだったが」
「とんでもない」