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プリンス・プレタポルテ

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 こんな格好で食事をするなんて、もしも家だったら母が凄い剣幕で叱りつけるだろう。いや、家だったら、遅い昼食、早い夕飯がスパムだけなんてありえない。今凭れかかっているベッドと布団だけで、彼女の家の家具全てを買うことが出来そうなほど高級なホテルの一室なのに、食事はまずく、虚しい。暮れ行く日の光はカーテンの隙間から最後の白さを放射し、ベッドの上と彼女の頭に降り注いでいた。温かさは感じない。相変わらず寝間着にカーディガン一枚しか身に着けていないし、この広い室内には彼女以外誰もいなかった。ひっそりと静まり返った部屋の中に、自分の咀嚼音だけが不気味に響く。時折思い出したように、ホテルの外で銃声が破裂した。

 
 三分の一ほど飲み込んでついに音を上げた彼女は、缶詰とフォークを放りだし、トランクの中を探った。ベッドが影になりはっきりとは見えなかったが、下着とスラックスの下で丸められた紙袋の感触を指が探り当てる。掴み出したのは、到着した日に露天商で買った乾燥バナナの残りだった。
 言うほど甘くはなく、握ればすぐ崩れる味気ない菓子だったが、こってりした豚肉よりは遥かにマシだった。手折って口の中に放り込むと、案の定解けて形を失う。塊を舌で転がしながら、ベアトリスはぼんやりと薄く青色の掛かった部屋の壁に目を向けていた。窓にはしっかりと閂が掛かっているはずなのに、クロスのめくれた部分で光が踊る。明かりをつけようかと思ったが、この部屋で唯一動きをみせる白は慰めになったし、何よりもケーブルを切断されて、スイッチを捻ってもシャンデリアが輝かないという最悪のケースが起こったときの恐怖は想像を絶するほどのものであろうことはわかりきっていた。ベアトリスはぐったりとベッドに背中を預け、徐々に命を細らせていく太陽が彼女を見捨てるその時を怯えながら待ち構えていた。


 アーネストのいない部屋は余りにも広すぎた。部屋だけではない。時間、名誉、全てを彼女は持て余していた。恋する少女の常として、この1年間ベアトリスの心は彼に占有されていた。ましてや見知らぬ土地で、しかも命の危機にさらされている。ボーイフレンドもろくにいなかった彼女にとって、アーネストと過ごす日々は余りにも刺激が強すぎた。
 一度、友人が囁いたことがある。
「彼、よく食べるでしょう」