迷路の風景
海猫灯台
椎名さんが椎名さんでなくなってしまったのは
きっと、多分、あのことが原因だったのではないかと
今となっては、そんな気がする。
港から突き出した防波堤の先の赤い灯台の下で
私は、海の音を聴いていた。
海猫が寂しく鳴き、
海はグレーに哀しく荒れてみえた。
雨が降りだした。
私は、そうだ洗濯物…と
急ぐこともなく歩き出した。
かつぶし工場の前の通りの
脇道で椎名さんとかつぶし工場の社長が
なにやら難しい顔をして話し込んでいた。
その時は、全く気がつかなかった。
椎名さんは、駿くんにそろそろ父親が
必要だと考えていたことを。
山の中腹に、この町に不釣合いな
高級リゾートマンションができて
もう、7、8年になるが
そのマンションに母の彼は住み
私が成人した頃には、母は山の住人となり
祖母が残したあばら家には私一人が
暮らしていた。
高級外車で小さなスーパーに買い物に
山から下りてくる気取った母よりも
私のほうが老けて、町に溶け込んでいた。
隆史のお父さんは、隆史が死んで
サーフショップをたたみ、
隣でやっていた喫茶店だけ細々と開いている。
波の荒い日は、店は「休業」にしてしまうのは
まだ、あの日のことが忘れられないからだろう。
「しゅん! おかえりーっ!」
偶然、学校帰りの駿と出会う。
それは本当は、偶然ではないのだが
最近迎えに行くと恥ずかしがるようになってしまった駿と
コンビニでお菓子を買って
駿の方に遊び相手がいなければ
私が遊んでもらうためだった。
雨が降っているのに
私は傘がないことを後悔した。
「おねえちゃん、バイバーイ!」
雨のせいで、駿は走って私の横を通り過ぎていった。
まるで、隆史が「バイバーイ、またねー!」と
大声で叫んでいるように…
私は前を向いたまま、駿を振り返ることが
できずに
雨の中、そのまま、その場所に立ちすくんだままだった。