迷路の風景
椎名さん
「しゅん、上手に書けた?」
「うん」
「椎名さんに見せておいで!」
居酒屋「こはる」のカウンターの隅で晩酌をする私と
足をブラブラさせながら宿題をする小さな子供
椎名さんは、隆史の恋人で
駿くんは隆史の忘れ形見。
私は、3つ年上の長い髪が綺麗な
椎名さんが大好きだった。
椎名さんの哀しみは、私のそれより
もっと、もっと深く絶望だっただろうが
隆史は駿君と椎名さんへの「愛」を残した。
それが、椎名さんが生きている証なのだろう。
駿くんは小学生になったばかりだが
椎名さんにとても似ている。
私は、時間があれば駿くんに会いに出掛けた。
「ねえ、宿題終わったよっ! ゲームしようぜ!」
「うん! 行こう! 行こう! お菓子買って行こう!」
「オラ、ポテトチップがいい」
「いいねぇ~ざく切りカットにしない?」
「うん! ケチャップつける」
椎名さんは、普段は「かつぶし工場」に勤めているが
週末は「こはる」の手伝いをしている。
私は一杯だけ飲んで駿君を連れ、こはるさんの仕事が終わるまで
自分の家に連れ帰る。
駿君との時間は私の大切な時間だ。
椎名さんのお腹に、隆史の子供がいたことは
椎名さんのお腹が目立つまで全く知らなかった。
私は椎名さんに、とてもとても感謝した。
「椎名さん、帰るね、しゅんと風呂入るから今夜、泊まらせてもいい?」
カウンターの向こうから、髪を結い上げた椎名さんが
申し訳なさそうに言う。
「いつもごめんねぇ」
「明日、夕方送ってくから」
椎名さんは、ぼんやりとしたうだつの上がらない私とは違い
毎日、必死で働き、駿君を一生懸命育てている
しかも…
綺麗だ。
正直、結婚して欲しくないのが本音だった。