かにとらいおん
そんな攻防の果て、落ち着きを取り戻したようにみえた水辺でした。
小さな、生まれ夢を描き旅立とうとしていた小さな勇者たちは、それに巻き込まれていたのです。まだ 体を覆う甲羅も柔らかなものたちでした。踏みつけられ、水中に巻き込まれ、水底に押し込められて、多くの兄弟が命を落としました。そんな記憶が、カニを変えてしまったのです。亡き兄弟の果てた水辺で、静かに過ごして暮していました。
そんなところに ライオンが、やってきたのです。
大きなライオン。ヌーの天敵のライオン。草原で優雅に暮すライオン。偉そうにしているライオン。
……ライオン。『百獣の王』ライオン。
そんな相手の髭を切り落としたカニは、優越感を持ったことでしょう。
しかし、そのライオンは、怒りも見せず、ただ小さなカニに 眼差しを向けただけでした。
水辺に寝そべり、足を投げ出し、カニが、その上を歩こうとも じっとその様子を眺め、ゆったりとした息遣いでいたのです。
カニは、てっきり目の前を横切れば、その牙をむいてくるものだと思っていました。
横歩きのカニも、いざとなれば、四方八方、足並みが崩れようと逃げる体勢でいました。
カニは、水辺へと下りていきました。
しばらくして、カニの鋏に 小さな魚を一匹挟んで、戻ってきました。
そして、ライオンの鼻先に置いたのです。
ライオンは、不思議なにおいのそれに 鼻をくんくんとさせました。口先から舌を覗かせ
ひと舐めしました。カニは、もう一度、鋏に挟むと、ライオンの足の上に置きました。
ライオンは、カニを避けながら、その魚を舌で口に運びました。ほとんど 丸呑みです。
カニは、また水辺へと下りていき、小さな魚を一匹挟んで、戻ってきました。
ライオンは、また、それを食べました。そして、カニは、また……。
ライオンは、その魚を丸呑みせず、牙で食いちぎると、半分をカニの前に落としました。
カニは、挟みで千切りながら、口へと運びます。
その様子を ただ ライオンは、眺めていました。