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大山豆腐

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 喜助はこの美味しい大山豆腐を、いつも厭味ばかり言うご隠居さんに食べさせるのが嫌になりました。
 そして、とうとう豆腐を買わずに大山を後にしたのでした。
 
 喜助は帰りの道中、どうご隠居さんをごまかそうかと悩みました。しかしなかなかいい考えが思いつきません。
 とうとう、考えが浮かばないまま、多摩川の矢口の渡しまでやって来ました。ここまで来ると江戸はもう間近です。多摩川を渡り、馬込の宿まで来ると一軒の豆腐屋が喜助の目にとまりました。
「そうだ!」
 喜助がいい考えを思いついたようです。
「すみませーん。豆腐を十丁くださーい」
 喜助はこの豆腐屋で豆腐を買いました。それを手に喜助は江戸へ帰りました。

「ご隠居さーん、大山豆腐、買ってきましたぜ」
「おお、喜助か。待っておったぞ。まぁ、上がれ、上がれ」
 喜助は馬込で買った豆腐をご隠居さんに差し出しました。
「ほおっ、十丁も! こりゃまあ、沢山買ってきてくれたもんだな」
 ご隠居さんが豆腐を覗き込んで、嬉しそうに言いました。
 でも喜助はちょっぴり心配でした。何しろ物知りで有名なご隠居さんです。この豆腐が大山豆腐でないとバレないかと不安だったのです。あまり長くご隠居さんのところに居たくはありませんでした。
「それじゃあ、あっしはこれで……」
「まぁまぁ、待て、待て」
 帰ろうとした喜助をご隠居さんが引き留めました。
「豆腐は十丁もあるんだ。長屋の皆で食べようじゃないか。熊さんや八っつぁん、それから隣の後家さんも呼んでおいで」
 喜助はえらいことになったと思いました。騙すのはご隠居さんだけのつもりだったのですが、これでは長屋の皆を騙すことになってしまいます。でも仕方ありません。喜助は渋々、長屋の皆に声を掛けました。
 熊さん、八っつぁん、そして後家さんがご隠居さんの家に集まりました。皆は口々に「これが大山豆腐か」と言っています。喜助は小さくなって、顔も上げられません。
「では、いただきます」
 ご隠居さんが豆腐を口に運びました。続いて長屋の皆も豆腐をつつきます。
「こりゃ、うめぇ」
 熊さんが言いました。
「本当、舌がとろけそうだよ」
 後家さんも続けて言いました。
作品名:大山豆腐 作家名:栗原 峰幸