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大山豆腐

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「そうじゃ。これが大山豆腐じゃ。大山豆腐はな、このモチッとして、それでいてとろけるような食べ心地と、何とも言えない香りの良さが人の心を捕らえて離さんのじゃ。そもそも大山豆腐というのはじゃな……」
 喜助は驚いて顔を上げました。ご隠居さんまでこの馬込で買った豆腐を大山豆腐と思っているばかりか、講釈まで始めるではありませんか。
(ははーん。さてはご隠居さん、大山豆腐を食ったことがないんだな)
 喜助は心の中でひっそり笑いました。ご隠居さんの講釈はまだ続いています。でも皆、豆腐を食べるのに夢中で、誰ひとりご隠居さんの話など聞いてはいません。
「まぁ、ともかく、美味い大山豆腐を買って来てくれた喜助に感謝じゃな」
 ご隠居さんがそう言うと、喜助は照れたように、困ったように笑いました。騙したとは言え、ご隠居さんから感謝などされたのはこれが初めてのことでした。
(こんなことなら、ちゃんと大山豆腐を買ってくるんだったなぁ)
 喜助はご隠居さんを騙したことを後悔しました。

 しかしそれからというもの、大山豆腐の噂はますます広がり、大山参りをして豆腐を食べたり買ったりする人が更に増えたということです。

(了)
作品名:大山豆腐 作家名:栗原 峰幸