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好きです

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 我ながら素晴らしい行動力だと思う。
 今、俺は学校の校舎裏で呼び出しをした原間さんを待っている。五時間目の授業が終わった後、部活が始まる前の時間にだ。
 この時まで、俺は別にボケッとしていたわけじゃない。まず昨夜の内に永井へメールを打った。
『返事は明日の部活前に必ずする』
 今日中にケリをつける。それが俺の決心なのだ。
 おかげで今日は授業の内容が全く頭に入って来なかった。先生に二回ほど当てられたが、どっちも隣の席の田中につつかれるまで気付けなかった。永井もソワソワしているのがよく分かった。こんな状態の俺が分かるということは他のクラスの連中も間違いなく気づいていたのだろう。「ケンカした?」「ケンカしたでしょ!」「珍しい!」「早く謝れよ」「どうせお前が悪いんだろ」「ナンデダヨ」「永太が悪いに決まってんだろ」「えっ、お前知らないのかよ、実は昨日さ……」「……ふぁっ!?」という会話が周りで何度も繰り広げられていた。原間さんのことを意識しないことも難しかった。発端の彼女は俺達とは打って変わって冷静そのものだった。ずっと教科書か本を広げて微動だにしていない。末恐ろしいまでの落ちつきだ。あれほどの猛者はうちの先輩達の中にもなかなかいない。大器の持ち主だ。
 いや、待て。
 原間さんと自分とを比べてびびってしまっていたのは、男として本当に恥ずかしいことであり全力で己を見つめ弱点を見つけて直していかなければならない絶対にだ。
 また頭がこんがらがってきた。だがそれも、ようやく終わる。
 背後から足音が聞こえた。
「ごめんなさい、遅れちゃって……」
 細く消え入りそうな声。
 原間さんが、来た。
 俺は暴れる心臓とは反対に、意識して体をゆっくりと回す。小学一年生の時、学芸会前日でガチガチになっていた俺に父親が言っていた。緊張している時は、ゆっくりすぎると感じているくらいの遅さがちょうど良い。それを忠実に実行して、原間さんと向かい合う。
 原間さんの顔を見上げる。
 やべぇ、原間さん、背ぇ高ぇ。
 俺より頭一つ分高い。せめて高校を卒業するまでには、俺も170センチの大台に乗りたい。乗りたい……。
「あの……お話というのは……」
 俺は現実に引き戻された。 
「昨日のことなんだけど」
 我ながら落ち着いた声が出せた。原間さんは深呼吸して目をつぶった。聡明なこの人の事だ。俺の様子から、言いたいことをくみ取ってしまったのかも知れない。
「そっか、手紙読んだんだね……」
「言わなくちゃいけないことがあるんだ」
「ううん、別にいい」
「いや、はっきりと言わせてほしい」
「分かってる。気持ち悪いでしょ? だから永井さんじゃなくて甘里くんが来たんでしょ? 永井さんのような人が直接言ってくれないっていうのは、ちょっとショックだけどそんなの私の勝手だよね、ごめんね」
 原間さんの声がかすれていく。ひるんでしまう。でもはっきりと言わないといけない。言わないと……。
「って、気持ち悪い……? 永井?」
「ぇ」
 ここで俺は大きなミスに気がついた。
 俺は原間さんの手紙を読んでいなかった。
 でも手紙を渡して好きですってことは、そういうことなんじゃないだろうか。いや、そんな言い訳は通らない。想いがこめられた物を確認もしていないなんて、なんてフとマが抜けた野郎だ。やってしまった。思い返せば受け取った後にそれを目にした覚えが全くないぞ。まさか、紛失したとか。ありえない。だがこうして読んでいない今があるわけで、実際に持っていれば俺という馬鹿が読んでいないはずがない。ああ、誰か悪い人に拾われていませんように。良心のある方が拾って交番に届けずこっそり処分してくれる人でありますように。
「……どういう状況?」
やたらと聞きなれた声が耳に入った。
「な、永井さん!?」
「え、永井?」
 原間さんの視線を追ってみれば、そこには、走って来たのか肩で息をしている永井の姿があった。手の甲で額をぬぐって、俺と原間さんを交互に見ている。
 俺は二の句をうまくつげられなかった。
「な、永井っ! いや、え、ここ、原間さっ、なんで、知らな、言って、な、は、ま、や、ら、わ……?」
 目を真っ赤にした原間さんが吹き出しかけているのが目の端に映る。
何か、何か言わなければならない。二の句をつがなければならない。どうして、なぜ、いつから、どうして。
「何が言いたいか分かったから、とりあえず永太は黙ってて」
「はい」
 黙ることにした。
「原間さん」
 永井が原間さんを見すえる。原間さんは鼻にあてていたハンカチをしまって、居住まいを正した。美しい立ち姿だった。そう言えば、彼女は授業中もずっと背筋を伸ばしているし、もしかしたらいいとこのお嬢さんなのかも知れない。
「手紙、読んだよ。ちゃんと、読んだ」
「うん」
「ごめんね」
「……うん」
 それから永井は、とても女性らしい控え目な、しとやかな笑みで言うのだった。
「ありがとう」
 原間さんの口がきつく引き結ばれた。目からは大きな涙がこぼれて、整った鼻からは鼻水があふれてきた。しかし手に持ったハンカチでぬぐうことはしなかった。きっと、できなかったのだろう。でも美しかった。二人はとても美しかった。
「ちょっと永太、いつまでいんのよ」
「へぇ?」
「邪魔なんだけど」
「あ、はい」
「ちょっと原間さんと話すことがあるから、先に部活行ってて」
「えっ?」
 質問攻めにされるのが目に見える。いや、その死地に果敢に向かってこそ、男がかくあらんと世界に示す場ではなかろうか。
「分かった。女子サッカー部には俺から言っとくわ」
「ありがとね」
「水臭ぇ」
 きっと女子には、これから話すことが色々あるのだろう。男同士だったらもっと違う展開なのだろうが、男と女は違うのだ。
「先に帰んないでよ」
「はいよ」
 俺は背中越しに返事をしながら、その場を去ったのだった。
 校舎裏から出てグランドの見える場所に出る。俺はそこで息苦しくなって、呼吸を止めていたことに気がついた。
 すごく、疲れた。

 部活が終わった。
 今日はやたらと先輩に小突かれる練習だった。監督は事ある毎に俺の名前を叫んだ。同級生にはニヤニヤ顔を向けられた。後輩はチラチラと俺をうかがってばかりいた。きっとそうなんだろう。分からないほど俺は馬鹿じゃない。噂にならない方がおかしい。むしろ今までと変わらない態度をとっている人は、そういう話題に興味が無いとか、そういう噂の入ってくるパイプを持っていない人なんだと思う。
 こういうことばかり考えているから、監督はずっと俺をどやし続けていたのかも知れない。
 当番でも無いのにグランドの泥と青春の汗で汚れたユニフォームがたっぷり入ったカゴをマネージャーの所に持って行ってから、俺は昇降口に向かった。
 永井が待っているはずだ。
 俺が靴を履いて屋外に出ると、珍しく永井が女子に囲まれていた。俺が近づいていくと、示し合わせたように永井を残してみんな立ち去って行った。
「帰ろう」
 俺は言わなくても良いことを口に出した。永井は、うん、とうなづいた。妙にしおらしかったが、それはお互い様だろうか。
作品名:好きです 作家名:小豆龍