空に消えた隊長
「やめろ。追うな」
我々は整備の悪い滑走路に降り、補給基地へと戻った。
隊長が隼のコクピットから降りてきた。その顔はどこか浮かない。と言うより悲痛な面持ちだった。
隊員たちはこぞって、
「隊長、やりましたね。見事です」
「これで畜生が1匹片付いたってわけだ」
「今度また来てみろ、全機撃ち落としてやる」
などと言っている。
その時、隊長の目が大きく見開いたかと思うと、あらん限りの声で怒鳴った。
「貴様ら、やめろ!」
一瞬、辺りは凍りついたように静まり返った。
「あの隊長は真の男だ。勇者だ。そして俺の友だ。その魂を穢す者は俺が許さん!」
隊長はそう言い放つと、部屋へ入っていってしまった。
その夜、私は隊長の部屋に呼ばれた。
「笹山二等兵、入ります」
「ああ、入れ……」
部屋では隊長が椅子に腰掛け、ボンヤリとしていた。いつも精悍な隊長らしからぬ姿に、私は少しばかり衝撃を覚えた。
「まぁ、座れよ」
立ち尽くしている私に隊長は、机に配された椅子に座るよう勧めた。私は遠慮がちに座った。考えてみれば、隊長とこうして問い面で座るなど初めてだったかもしれない。隊長は虚ろな目をしながら、ペーパーナイフを指先で弄んでいる。
「なぁ、笹山……」
「はい」
「この戦争で敵、味方含めて、どれだけの人間が死んでいくんだろうな?」
「自分にはわかりません……」
正直、私にはわからなかった。考えてみたこともなかった。
「普通に人を殺せば人殺しだ。殺人だ。それが戦争だから許されるというのは、どうも道理に合わん気がせんか?」
隊長の口からこんな言葉が出るなんて意外だった。隊長と言えば、この陸軍航空隊の歴戦の勇者だ。少なくとも私はそう思っていた。
「戦争なんだから、仕方……ありませんよね」
私の言葉が答えになっていないのはわかっていた。しかし、他に適当な言葉が見つからなかったのも事実だった。
「そうか……。仕方がないか……。俺にはな、今日撃ち落とした敵の隊長が友達に思えるんだ。こんな戦争なぞなかったら、きっといい友達になれただろうってな。それにあいつの姿の中に自分を見つけたんだ。そんな友達でもあり、自分でもあるあいつを俺は撃ち落として殺してしまった。わかるか、この気持ちが?」