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石榴の月~愛され求められ奪われて~

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―俺だって、女房がこんな天女みてえな別なら、送り迎えだってすらあな。
―何言ってやんでえ。手前ところの嬶ァは女どころか熊のようなご面相じゃねえか。前には悪ィが、あのご面相なら、夜道で近いた不心得者の方がびっくりして逃げ出すいな。
―違えねえ。
 と、好きなことを言って、大笑いしている。 夜は、相変わらず枕を並べて寝てはいても源治がお民を抱くことはない。
 時折、お民がひどくうなされることがあた。夜半にうわ言を言いながら、苦しむのだ。―お民、お民、しっかりしろ。
 源治が見かねて揺り起こすと、お民は怯切った表情で源治に縋りついてくる。
―怖い、お前さん。私、怖い―!!
 何に怯えているのか、どんな夢を見るのか幾ら問いただしても、お民は応えなかった。 恐らくは、三ヵ月前に拉致されたときの怖が見せる悪夢なのだとは判っていても、民が何も話さない以上、源治も何もしてやない。ただ怖い夢を見るのだと、儚げな笑で言うばかりだ。
 そんな時、源治は何をしてやることもでぬ自分が腹立たしく、情けなかった。
 一方、お民自身は嘉門がまたふいにどこで待ち伏せしていのではないか。後から追かけてくるのではないかと内心、その影にえていたが、結局、嘉門は何を思ったか、民の前にその後、姿を現すことはなかった。 あの蛇のように執念深い男がそう容易くめるとは思えず、嘉門が沈黙を守り通してることは、それはそれで不気味でもあった。 一見上辺は何もない以前と同じように源との平穏な日々が流れてゆくにも拘わらずお民はどこからか、蛇が遠巻きに獲物を虎眈々と眺めているような視線を常に感じずはいられなかった。
 しかし、何事もなく毎日を紡いでゆくにれ、お民も次第に嘉門に対する警戒心や怖を解いていった。流石に、あの男も今度ばりはお民を手に入れることを諦めたのかと撫で下ろしたのである。
 半年ぶりに再会した嘉門が昼間にも拘わず酒の匂いを撒き散らしていたこと―、明かに酒に溺れた荒んだ暮らしを過ごしていように見えたことは少し気になっていた。の黒ずんだような不健康な顔色は、酒のせではないだろうか。こんなことを源治に言ば、
―お前はどこまでお人好しなんだ。
 と怒られそうだけれど。
 が、お民という女は、そういう女であった自分を一度ならず二度まで陥れ、傷つけ嬲ものにした男に対してさえ、その男が明らに不幸な翳を見せれば、放ってはおけないころがある。
 むろん、それはあまりにもお人好しすぎといわれれば、そうなのかもしれない。そがまた、お民の最大の美点でもあり、同時弱点にもなるのだ。源治にしろ嘉門にしろ惹かれているのは何もお民の美貌や色香だではなく、こういった内面の美点―優しげ気性にもあった。
 そういったことを除けば、二人の生活は前と何も変わらぬように見える。朝になれば源治は花ふくにお民を送っていき、その脚自分もまた仕事に出かけた。夜はたいてい源治の方が先に帰っているので、店が閉ま少し前に、源治がお民を迎えにゆく。
 お民は相変わらず花ふくの人気者だし、貌のお民目当てに通ってくる客は増える一だ。家でもお民の態度に格別変わったことなかった。ゆえに、源治もまた、お民の懊を気付いてやることができなかったのも致方なかったのである。

 お民は川べりにしゃがみ込んで、水面をつめていた。もう、どれくらいの間、そうって飽きもせず川面を眺めているだろう。 脚許の小石を拾っては川に落とすと、小な波紋が渦を巻く。そんな単純なことが面くて、まるで小さな子どものように、同じとを何度も繰り返している。何度目かに小を拾おうとした時、水面からちょこんと雨が顔を出しているのを見つけ、お民は微笑だ。
「―可愛い」
 兵太もこうやって、川面を見て一人で遊でいたのだろうか。無邪気に川面に見入るが子の姿を思い描き、お民は胸を熱くした。 子ども、子ども。
 本当に長い間、待ち望んでいた子どもだた。兵太を失って以来、兵助との間にも子できなかったし、源治と所帯を持っても、はできなかった。もう自分は石女になってまったのかと、内心子どもを授かることはめていたのだ。
 それなのに、御仏は気紛れなことをなさる。 望みもしないときに、惚れた男の血を引わけでもない子どもを授けて下さったのだ。 兵太を十六の歳で生んで以来、九年ぶり身籠もった子は、旗本石澤嘉門の種であったしかし、腹の子に愛情を感じるどころか、ましくさえ思っていた矢先、腹の子は流れお民は流産した。
 子を失って初めて、お民は己れの罪深さ気付いた。たとえ父親が誰であろうと、胎に宿った新しい生命は紛れもなく我が子なだ。何故、生きている間に、日毎に育ちゆ生命にもっと母らしい情愛を抱(いだ)けなかったかと悔やんだ。
 そして、今、再びお民の腹に新しい生命宿った。
 そこまで考えた時、お民の胸に言い知れ哀しみが湧いた。
 どうしてなのだろう。どうして、自分だがこんな哀しい目にばかり遭うのだろう。 身体の異変に気付いたのは、半月ほど前ことだ。六月に入る頃から、胃の調子が悪った。むかむかとして、食が進まない。といっても、去年、嘉門の屋敷で経験したよな烈しいものではなく、ごく軽いものだっただから、初めは食あたりか、急に暑くなっための暑気当たりかと思っていたのだ。
 ―まさか、それが悪阻だとは考えてもみかった。元々、初子の兵太を身籠もったとだって、悪阻なんて耳にはするけれど、他事だった。それほど順調な経過を辿った初ての妊娠、出産だった。
 嘉門の子を宿したときに悪阻が烈しかっのは、心理的な状態も大きく起因していたかもしれない。離れに閉じ込められ、夜毎男を迎えて慰みものにされるだけの日々に々とし、幾度涙を流したかしれなかった。 自分が懐妊しているのではと疑念を抱いのは、昨日の朝のことだ。
 源治と向かい合って朝飯を食べていた時急に烈しい吐き気がせり上げてきた。
 慌てて土間に降りしゃがみ込んで咳いてたら、少し戻してしまった。源治がすぐにて、不安げに背をさすってくれた。
―大丈夫か?
 源治をこれ以上心配させたくなくて、作笑顔で頷いたけれど、勘の鋭い男だから、か気付いているのかもしれない。
 胸の奥底に沈んだ鉛のような想いは、ななか消えないまま、日は徒に過ぎゆく。
―どうしよう、一体、どうすれば良いの? 自分に問いかけてみても、応えは出ない。 心にもやもやとしたものを抱えているの厭で、昨日の昼下がり、花ふくが昼時の忙い時分を過ぎたときに休みを貰い、近くの婆の許を訪ねた。
 診察結果は、やはり懐妊だった。もう五近い産婆は淡々とお民に告げた。
―もう四月(よつき)に入ってるよ。
 帰りは花ふくまでどうやって帰ったか判ない。
 夜、源治がいつものように迎えにくるまの時間が長いようにも、短いようにも感じれた。
 源治の顔を見るのが怖かったのだ。しかし源治が何も知るはずもなく、ただいつものうに優しく、茶目っ気たっぷりの良人を見いると、涙が出そうになった。
 花ふくからの帰り道、二人で並んで歩きがら、お民が源治の横顔をぼんやりと眺めいると、源治が笑った。
―何でえ。俺の顔に何かついてるか?
―何もついてなんかいませんよ。
―じゃあ、俺の男っぷりに今更気付いて、れ直したってところか?