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石榴の月~愛され求められ奪われて~

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 しかも、お民に年季明けを待たずして暇出したのは、他ならぬ嘉門自身だと聞いてる。それなのに、何ゆえ、今更、お民をつ回したりするのだろうか。
 以前の嘉門は酒豪ではあったが、昼間か酒を呑むような人ではなかった。閨の中で執拗に責め立てられ、辛い想いもしたけれどお民が嘉門の母祥月院から辛く当たられてるときは、実の母親に刃向かってまで庇っくれたし、そういう優しさや労りを示してれた。
 人としての節度はわきまえた男という印だったのだが、久しぶりに眼の前に現れた門は真っ昼間だというのに、酒の匂いを撒散らし、かなりの量を呑んでいるようだった。 以前から気になっていた彼に纏い付いてた翳りがいっそう濃くなっている。
 一体、何が嘉門を変えてしまったのか。 墓参りを終えた後は、一膳飯屋?花(はな)ふくに戻った。ここはまだ勤め始めたばかりだが主人の老夫婦は優しく、お民を実の孫のよに可愛がってくれた。また、お民も生来、体を動かすことは好きなので、くるくるとく働くので重宝している。
 この頃、?花ふく?では美貌の女が仲居していると噂が立つと、現金なもので若いがお民目当てに通ってくるようになった。に客が増えたもので、余計に主夫婦も機嫌良い。
 二日前の夜には仕事を終えた源治が立ちり、飯を食べていった。お民の仕事が終わまで店で待ち、連れだって徳平店に帰った。―あんた、果報者だねぇ。こんな美人の嫁ん貰ってさ。おまけに気もよくつくし、働者じゃないか。
 源治は他の常連客に冷やかされ、嬉しげ笑っていた。源治が愉しそうにしているとお民もまた嬉しくなる。
 すべてが上手くいっていた。
 いつものように最後の客を表まで送り出た後、お民は表の掛行灯の火を落とし、暖をしまった。
 まだ厨房で皿を洗っている主人の岩次にをかける。
「旦那さん、お手伝いしましょうか」
 腰の持病のある女房のおしまは既に二階上がって休んでいる。
「いや、ここはもう良いよ。今日は少し遅なったから、ご亭主もさぞ気を揉んでるだう。早く帰っておやり」
「それじゃ、お言葉に甘えて、お先に失礼せて頂きます」
 丁寧に腰を折ると、お民は岩次が持たせくれた重箱を大切そうに抱え、夜道を歩きす。
―それにしても、あの立ち居振る舞いは、だの長屋暮らしの女房のもんじゃないねえどこぞに御殿奉公にでも上がったことがあのかもしれないよ。
 お民が帰った後、皿を片付けながら岩次女房のおしまが口にしていたことを何とはしに思い出していた。確かに、先刻の挨拶どもどことなく品が漂っている。
 ?花ふく?で雇った仲居は、別嬪なだけはなく、どことなく品がある―と、これもたひそかな評判となっているらしい。中にお民との間を取り持てとか、二階の座敷で民に閨の相手をさせろなぞとけしからぬこを要求してくる輩もいるけれど、岩次はそ都度、
―ここは出合茶屋でも女郎屋でもねえ。勘いして貰っちゃ、困る。そんなことが望みら、場所が違うんじゃねえか。とっとと他当たりな。
 と、けんもほろろに追い返している。
 岩次にしろ、おしまにしろ、子どものな身で、突如として現れたお民を実の娘か孫ように思い始めている。お民は気性も良いし機転もきくし、何より人あしらいが上手い。 よく働いてくれるので、岩次も助かってた。そのお民を膚を売る女郎や遊び女のよな真似事をさせるなんて、とんでもなかった。 花ふくを出たお民は、重箱を落とさないうに細心の注意を払いながら、ゆっくりといていく。それでも、源治が待っているとえば、脚は自然と早くなった。
 重箱には、岩次が今夜の残り物を詰めてれた。卵焼きや金平が入っている。岩次の理の腕は確かだ。飯屋の主人にしておくの惜しいほどだが、それもそのはず、若い時は名の知れた料亭の板前をしていたというが、喧嘩っ早いのが禍して、先輩の板前と手な喧嘩をした挙げ句、相手を殴り倒して絶させるという事件を起こし、店を辞めた。 その時、そこの料亭で働いていた仲居と帯を持ち、小さな飯屋を始めた―、それがふくの始まりである。
 だが、昔は喧嘩っ早かったのかもしれなが、今の岩次はどこから見ても気の好い好爺だ。それに、岩次ほどの人がそれほどの嘩をしたのは、何らかの理由があったのだ思うと控えめに言うと、側で話を聞いていおしまが笑った。
―この人、あたしがその兄弟子の板前にしこく言い寄られてたのを見かねてさ。それでカッとなって、ガツンとやっちゃったのよ。 物陰でおしまに迫っていた兄弟子をたまま見つけた岩次が止めると、相手が逆に弟の存在で生意気なと殴りかかってきたらい。
―お前は余計なことを言うな。
 岩次はいつになくムキになって、おしまたしなめたが。
 おしまは嬉しそうに笑い、岩次の方は年斐もなく頬を赤らめていた。
 花ふくに勤め始めたことで、また新しい逢いがあった。
 たまに酔客に手を握られたり、尻を撫でれたりすることもあったけれど、お民だってもう十代の小娘ではない。言い寄ってくるは適当に受け流してあしらい、身体を触るの手は遠慮なくピシャリと叩いてやった。 むろん、初めの頃は、いきなり客に後ろら着物の裾を脹ら脛が露わになるほど捲れ、悲鳴を上げたこともあった。その声でわ何事かと岩次が飛び出してきたこともあたほどだ。
 岩次もおしまも良い人たちだ。子どもにそ恵まれなかったが、人生を互いに労り合寄り添って、ここまで歩いてきたのだ。
 源治と自分も歳を重ねた時、あんな風な婦になれたらと願わずにはいられない。
 花ふくを出てしばらくはまだ商家が並びつ大通りをゆくが、直に四ツ辻に至る。筆と仏具屋が通りを挟んで向かい合う角を左曲がれば、もう人気のないひっそりとした道に差しかかった。
 徳平店はこの道を更に先へと進み、更にう一回角を曲がらねばならない。
 夜四ツ(午後十時)を回ったこの時刻、間でも人通りの少ない道は、月明かりだけ白々と乾いた地面を照らしているだけだ。民は心細く思いながら、なおいっそう早足なった。
 そのときのことだ。お民はハッと我に返た。数歩距離を置いた後から、誰かが付いきている。何より不気味な追跡者の存在を示するかのように、ひたひたと地の底を這ような脚音が闇に響いていた。
「あ―」
 お民は口許を片手で押さえ、思わず悲鳴零れ落ちそうになるのを我慢した。ここで怖の余り、取り乱して声を上げでもしたら相手の術中にみすみすはまってやるようなのだ。真昼間、人通りの多い大通りならとかく、こんな猫の仔一匹見当たらぬ夜道でを上げたとて、自分の居場所を徒に相手にえるようなものだろう。
 そう判断し、ここはもう全速力で振り切しかないと覚悟を決めた。ここの道を突きたりまでいって角を曲がれば、もう長屋の戸口が見えている。その場所からであれば大声を上げて助けを求めれば、あるいは誰に気付いて貰えるかもしれない。
 丁度、曲がり角には小さな稲荷社の祠がる。近隣の人々からは?捨て子稲荷?ともばれているここは、この前にしばしば赤児棄てられていることから、この名で呼ばれようになったという。実際にここで拾ったを徳平店でも子のない浪人者夫婦が我が子して育てていた。
 お民自身、兵太を失った直後は、捨て子も育ててみようかと本気で思案したこともったほどだ。