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石榴の月~愛され求められ奪われて~

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 相当量の酒を呑んでいるのか、嘉門から酒の匂いが漂ってきた。嘉門が酒豪であるとを、長らく側にいたお民は知っている。 嘉門という男は、けして酒に酔うことはい。むしろ、呑めば呑むほど、醒めてゆくうな訳の判らなさを持っていた。その飲みぷりを見ていると、酒を呑むことを愉しんいるというよりは、何かを忘れたくて盃をねていく中に、意識が冴え、むしろ余計に実を意識してしまう―そんな感じだ。
 ゆえに、浴びるほど呑んでも、表には出い。酔えば酔うほどに、顔は紅くなるどこか、蒼褪め、眼は異様な輝きを帯びて座っいく。酔ったときの嘉門は常より更に不気で凄みがあった。うっかりそのようなとき閨に引き入れられでもしたら、いつもよりに容赦なく責め立てられ、酷い目に遭う。 お民もそんなときは、できるだけ側に近かないようにしていたものだ。
「そなたもつくづく愚かな女子だな。ま、なたの強情さは俺もよくよく存じてはいるもりだが、全く少しも変わってはおらぬよだ。我が屋敷に参れば、このような簪どこか、どのような高価な櫛も簪でも手に入るのを。そなたの恋しい男とやらは、こんな物の簪一つすら、女房に買うてはやれぬ不斐なき亭主か」
 嘲笑うように言った男を、お民は瞳に力込めて睨む。
「石澤さま、私どもは確かにその日暮らし貧乏人にはございますが、良人は少なくと昼間から酒を呑んで、見境なく町中で人にむような方とは違いまする」
 お民は断じると、さっさと後はもう後ろ振り向かず歩いた。だが、何を考えているか、嘉門はお民の後にピタリとついてくる。 よもや人の行き来の多い往来でいきなり体なことを仕掛けてくるとは思えないけど、やはり正直、怖かった。
 それに、相手は町人ではなく、見るから立派な身なりをした武士なのだ。お民が絡れていたとしても、果たして助けてくれるがいるかどうか。
 人気のない方にゆくのは賢明ではないとってはいても、いつまでも同じ場所を堂々ぐりするわけにもゆかない。
 お民が仕方なく往来を抜け、町の外れま歩いてきた時、嘉門がまた後ろから話しかてきた。
「これから、そなたがどこにゆくつもりかててやろうか」
 なおも無視して黙(だんま)りを決め込んでいると嘉門がすっと前に回り込み、ゆく手を塞ぐうに仁王立ちになった。
「そこをおどき下さいまし」
 お民が低い声で言うと、嘉門が嗤った。「そなた、これより随明寺に参るのであろう」 流石に、その刹那、顔色が変わったのが覚できた。
 何故、自分が数日おきに随明寺に詣でるとを、この男が知っている―?
 と、嘉門が?い嗤い声を上げた。
「俺をあまり甘く見ぬことだな。そなたのとなど、何でもお見通しだ」
 その言葉に、一瞬、身体中の膚が粟立った。 薄気味の悪いものでも見るように見つめと、嘉門が肩をすくめた。
「まぁ、そう申すのは嘘だ。流石の俺も、里眼は持たぬからの。ここひと月ほど、そたの後をつけさせて貰った。それゆえ、知たことだ」
 何でもなく笑いながら言うが、お民は更慄然と震えた。
 この男がひと月前から、私を付けていた―それは烈しい衝撃となって、お民を打ちのした。
 お民が随明寺に詣るのは、墓参りのためだ。「だが、解せぬな。あのような場所に何用ある」
 どうやら、付けるとはいっても、広大な内地までは付いてはきていないようだ。随寺は格段に広い。昼間でも人気のない場所多いから、寺内までついてこられていたら考えると、身の毛がよだつほどの恐怖に駆れた。
 正直に応える必要はさらさらないが、こときのお民は半ば放心状態になっていた。れに、ありのままを応えたとて、この男に一切関わりないことだし、何がどう変わるも思えない。
「亡くなった最初の亭主と倅のお墓が随明にございます」
 その言葉に、嘉門が切れ長の眼を瞠った。「そなた―、今の亭主は二度目の男か。では亡くなった倅というのは、その亭主の子か」 流石に意外な事実に愕いたようだ。そのとで、お民は嘉門が実は、自分について何知らないことを改めて思い出す。
 三門屋は嘉門に、お民が出産経験があるとと、亭主がいることしか告げてはいなかたのだ。
「そなたもよくよく数奇な縁(えにし)を辿ってきようだな」
 嘉門が呟いたそのときのことだ。
「お民ッ」
 ふいに源治の声が響き、お民はハッと視を動かした。
 いつしか町外れ、和泉橋の手前まで来てた。
「手前、お民に何をしやがった」
 源治がいきり立って走ってくるのを、嘉は面白い芝居でも見物するかのように眺めいる。
 源治は和泉橋町の方から橋を渡ってきた。「全っく、血の気の多い若造だな。お民がれている男だと聞いていたゆえ、どのよう者かと思うておったが、何のことはない、だのガキではないか」
 事もなげに言う嘉門を、源治が噛みつきうな顔で睨めつけた。
「何だとォ。人の女房をさんざん好き放題弄びやがった恥知らずは、お前だろうが!」 嘉門と源治はむろん初対面だ。が、嘉門いでたち、その圧倒的な存在感から、嘉門人となりを知るのは容易いことであったう。
 殊に、いかにも馴れ馴れしげにお民に迫ている侍とくれば、石澤嘉門しかおらぬこはすぐ判るはずだ。
 と、嘉門の手がそろりと伸びた。その指がお民の手に触れたと思ったら、嘉門はさ気なく手を更に伸ばして、さらりとお民のを撫でた。
 ほんの一瞬の出来事であった。生憎、源は二人とわずかな距離があり、それに反してお民と嘉門は比較的近くにいた。そのせいで隙が生じたのだ。
 ちらと上目遣いに見上げてよこす嘉門のにはゾクリとするような凄艶な、艶めいた香が滲む。
 が、確かに、その一瞬の眼線は、膚を合せ情を交わした男女の間にしか通じぬもの込められていた。何も心に疚しいものはなはずだと自分に半ば言い訳のように言い聞せながらも、頬に朱が走る。
 嘉門はお民の手首を引き寄せ、執拗にそ指を撫でている。それは、まるで閨で男がを愛撫するような淫らさをも滲ませていて。 明らかに嘉門が源治を挑発しているのはった。
「お止め下さい」
 お民が嘉門の手を振り払うのと、源治がんだのはほぼ時を同じくしていた。
「俺の女に触るな!」
 源治が声を荒げる。つかつかと二人に近くと対抗するように、挑戦的な眼で嘉門をッと見据え、お民の身体を強引に自分の側と引き寄せた。
 手が腰に回り、更にグッと引っ張られ、体と身体を隙間なくぴったりと密着させる。「ホウ、これはたいしたご執心だ。もっとも貴様のような若造に、お民の相手が務まるも思えぬがな。のう、お民?」
 嘉門が余裕の笑みでお民に問いかけた。「この女は、なかなか手強いぞ。見かけはのように虫も殺さぬ楚々とした風情の手弱だが、ひとたび臥所に入れば、氷を蕩かすのように燃え上がる。俺も大勢の女と関係持ったが、正直、ここまで一人の女に溺れことはない。閨の中のお民は、淫乱で奔放女になる。ま、そこが可愛いところでもあがの。相手をするのもなかなか疲れはするがその分、こちらもたっぷりと愉しませて貰るというわけだ。のう、若造、貴様もお民抱いた男なら、そのようなことは知っておう」
「止めてッ。止めて下さい。もう、それ以言わないで!!」
 お民が涙混じりの声で叫んだ。