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石榴の月~愛され求められ奪われて~

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 流石に、お民もこんなことになってからはあの三門屋信吾とは一切の拘わりを絶ってる。源治に再三言われても三門屋に出入りていたのは、折角見つけた造花作りの内職失いたくなかったからだ。が、今では、何故源治の勧めに従っていなかったのかと悔やれる。もし、もっと早くに三門屋との拘わを絶っていれば、嘉門と出逢うこともなく三門屋が間に立って、あのような卑怯なや方で妾奉公に上がることを余儀なくされるともなかったのに。
 幾ら悔やんでも、もう遅い。だが、いつでも過ぎたことばかりをくよくよと悩んでるのは、お民の性分には合わない。過去は去として、これからの生活のことを考えねならない。生きるためには働かなければなないし、飯を食べるためには金が要る。
 ということで、徳平店に戻ってきて、おはすぐに働きに出ると源治に言った。しかし源治は即座に言った。
―駄目だ。その必要はねえ。
―お前さん、でも。
 言いかけたお民を、源治は哀しげな眼でつめた。
―お前一人くらい、俺が働いて、ちゃんとわせてやる。だから、外に出て行くことはえ。
 それから後も同じことの繰り返しだったむしろ、お民が働きに出たいと言うと、余に頑なになって?駄目だ?の一点張りだ。 最近、お民は源治が日中、仕事に出ていときには仕事探しを始めた。源治はお民がきに出るのはむろん、外出するのも嫌う。 以前は全くこんなことはなかったのに、民が一人で出かけるとなると、渋い表情をるようになった。昨夜もそのことで久しぶに夫婦喧嘩になった。
 お民が表の張り紙を見て、見つけてきた事を源治に話したところ、源治が怒り出しのだ。それは、町人町の一膳飯屋の仲居の事だった。老夫婦が二人だけでこぢんまりやっている店で、職人や人足といった日傭りが主な客だという。昼は飯だけだが、夜酒も出す。これまでは二人で営んでいたが近頃、老いた女房の方がとみに脚腰が弱っきたため、急きょ仲居を一人雇うことにしのだと、いかにも人の好さそうな小柄な主が話した。
―駄目だったら、駄目だ。飯屋といったって酒も出す店だっていうじゃねえか。お前にそんな酌婦のような真似をさせられるか。 憤る源治に、お民は笑った。
―お前さんが考えてるようなお店じゃないですよ。本当に、ただの一膳飯屋なんですら。それに、仕事も通いで良いっていうし朝から夕方いちばん忙しい時間まで働けば後は自由にして帰っても良いって言って下るんです。
―それに、何で、黙って一人で出歩いてるだ。あれほど外に出ちゃならねえと言ってだろうが。俺のいねえ間にゃア、ずっとそな風にふらふらと外をほっつき歩いてるか。
 源治が憮然として言うと、お民が少し拗たように言った。
―私は子どもじゃないし、飼い犬でもありせんからね。どうして、お前さんにそこま言われなきゃ駄目なんですか。ちゃんと一で外出もできるんですから。
―一度、男の慰みものになったら、後は何でも同じってことなのか。酔っ払いの相手するような店に勤めて、男の機嫌を取るのそんなに愉しいのか、お前はッ。大体、俺働いてる最中に、一人で出かけて何をしてか知れたもんじゃねえな。
 その言葉に、お民は固まった。まるで脳を何かで打たれたような衝撃が走った。
―お前さんは、私をそんな女だと、お前さのいないところで何をしてるか判らないよな、ふしだらな女だと思ってたんですね。 あんまりだと思った。確かに、自分は石嘉門の側妾になった。でも、けして自分でんだことではない。徳平店を守るために、こに住む人たちのために、人柱になったよなものではないか。なのに、源治は、お民心を少しも判ってはいない。
 初めて嘉門に手込めも当然に抱かれた夜どれほど怖かったか。夜毎、恥ずかしさと辱に耐えながらも懸命に辛抱したのは、源の許に帰ってきたいと願ったからではなか。
 これでは、自分があまりに惨めだ。結局お民はその喧嘩以来、源治とは口をきいてない。その一膳飯屋には、とりあえずは断しかなかった。昨日、亭主に相談してから事をすると言って帰ったのだ。今は、そのに行った帰り道である。そろそろ六十に手届こうかという主人は落胆を滲ませた表で、
「お前さんのような人が来てくれたら、うとしても助かるなぁと家内とも話してたんがね」
 と、残念そうに言った。
 折角の良い奉公先ではあったが、致し方い。源治の機嫌を損ねたまま、あの店で働ことはできない。それでなくとも、お民がかと理由をつけて、夜の源治の求めを拒みけているため、源治の機嫌はすごぶる悪い。 これ以上、良人との仲が険悪になるのだは避けたかった。
 お民は縹やの店先でしばし脚を止めた。 店先には様々な簪が並んでいる。眼にもやかな色とりどりの簪や、櫛、笄。その中一つに、お民は眼を奪われた。
 黒い小さな玉が一つだけついた素朴なもだが、その中に精緻な桜が幾つか丹念に描れている。玉には細い銀鎖のようなものがいていて、鎖の先に蝶を象った飾りがついいる。蝶の?根の部分には透明に輝く石がめ込まれていた。
 手に取って陽にかざすと、陽光を受けてラキラと眩しく光り輝く。しかも、角度をしずつ変える度に、飾りの蝶にはめ込まれ石が微妙に色合いを変えてゆく。ちょっとた目には透明に見える石は、実はほのかに色がかっているようだった。
 光の当たり方によっては石榴のように深色、更には桜のように淡い色と変幻自在にを変えるその様は、まるで手妻を見ているうだ。
 お民がその美しくも儚い光の煌めきに見っていた時、唐突に背後から声をかけられた。「何か欲しいものがあれば、買ってやろうか」 この声は―。
 お民はまるで地獄の底から甦ってきた死を見たかのように凍りついた。
 聞き憶えのあるどころか、耳に馴染んだは、紛れもなく石澤嘉門のものだ。
 振り向いては駄目、絶対に振り向いてはけない。
 お民は自分に言い聞かせた。
 何故、嘉門が突如としてこのような場所現れたのかは判らない。が、自分にとってはけして好もしい状況ではないことは確かだ。「そんなにその簪が気に入ったのであればその品でも良いぞ」
 いつしか嘉門が傍らに来て、懐から銭入を取り出すのがかいま見えた。
「止めて下さい! そんなもの、私は要りせん」
 お民は悲鳴のような声で叫んだ。
 そのただならぬ様子に、お民を取り巻いいた他の客―若い娘たちが一斉にお民をる。
 あまりの恥ずかしさに、お民は居たたまなくなって、その場から逃れるように足早歩き出した。その後から、嘉門がついてくる。「そなたがどうしているのかとずっと気にっておってな。様子を見にきたのだが、そ顔ではどうやら、あまり幸せではないらしい」 嘉門が悪魔のように魅惑的な声で囁く。 人を魅了するような深い声は変わっていい。
「どうだ、もう一度、俺に仕える気はないか」 予期せぬ誘いに、お民の歩みが止まった。 後ろを振り返り、キッとして嘉門を見据る。
「私はもう二度と、あなたさまのお側に上るつもりはございませぬ。あなたさまと私ご縁も既に切れたものと思うておりますば、どうかもう今後は私の前にはお姿をおせにならないで下さいませ」
 嘉門は怒ったようでもなく、心底呆れたうに鼻を鳴らした。