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石榴の月~愛され求められ奪われて~

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「良かった」
 源治がお民を引き寄せた。
 このような優しいだけの抱擁なら、平気のに。いや、今のお民にとっては、こうし源治の懐にただ抱かれている瞬間こそが、より心安らげるひとときなのだ。
 性愛を伴う行為には逃げ出したくなるほの抵抗を感じるのに、こうして腕に抱かれいるだけなのは誰の腕の中より、やはりこ男のものが心地良い。
 思えば、嘉門の腕の中にいて、こんなに安らげたことがあっただろうか。あの男はつもお民を翻弄し、お民は嘉門の腕の中で嵐に舞い狂う花びらのように漂い、ただ幾も花びらを散らすしかなかった。あの男にかれる度に、お民は自分が荒ぶる風に嬲られ無数の花びらを散らす一本の樹になったよな気がしたものだ。
 お民の心が求めるのは今も変わらず源治だ一人。
 だが、それはお民の我が儘なのだろう。 愛し合っていれば、惚れていれば、触れくなる。膚を合わせ、身体を重ねたくなる幾らそれだけがすべてではないと綺麗事をっても、男と女は所詮は、膚を合わせるこで互いの愛や想いを確かめ合うことになるだから。
 もう、いつもの源治に戻っている。先刻嵐の夜を思い出させる烈しさも、暗さや翳はあとかたもなく消えていた。
「俺はお前がまた、どこかに一人で行っちったんじゃねえかと思ったぞ」
 お民は源治の胸に顔を寄せ、大人しく寄添っていた。
 源治がお民の髪を指で梳く。
「約束してくれ」
 お民がそっと顔を上げると、思いつめた黒の瞳が間近に迫っていた。
「俺を一人にしねえでくれ。二度と、俺のから離れないでくれないか。俺はもう、おを失うのは二度とご免だ。―済まねえ。さきは俺が言い過ぎた。だから、妙なことなか考えるなよ」
「―妙なことって」
 この時、お民には本当に良人の言葉の意が判らなかった。小首を傾げるお民を源治またたきして見つめた。
「お前は変わらねえな。見た目はすっかり抜けて綺麗になっちまったけど、そんな風子どものように無邪気な顔したり、思わずキリとするほどの色気があったりさ、風車ように表情が変わるところなんか、全然変らねえ」
 そう言いながらも、源治の指が優しくおの髪を撫でる。
「多分、ここにいるんじゃねえかと思って真っ先に来てみたんだけどよ。俺はお前の事な姿を見るまでは気が気じゃなかった。の―、お前がここから川に飛び込んでドブといっちまうんじゃないかとか考えてさ」「それも良いかもね。兵太の生命を呑み込だこの川に飛び込めば、もしかしたら兵太ももう一度逢えるかもしれないもの」
 半ば本気、半ば自棄で言った科白に、源が眼を剥いた。
「馬鹿野郎」
 思いがけず大声で怒鳴りつけられ、お民眼を見開いて良人を見つめた。
「そんなことをして、誰が歓ぶと思ってるだ。亡くなった兵太だって、兵さんだってお前がそんな死に方をして、浮かばれるとってるのか?」
 源治がもう一度、お民を抱きしめた。
「頼むから、そんな馬鹿げたことだけは考ねえでくれないか。俺は―、たとえお前がの殿さまを忘れられねえのだとしても、他誰に惚れちまったのだとしても、俺の側にて欲しい。お前がいなくなったらと考えたけで、頭がイカレちまうんじゃねえかと思くらいに、お前に惚れてるんだ。お前と離離れになってる間、お前がどれほど大切なか、これでも思い知らされたんだぜ」
 最後は少し冗談めかして言うのは、いつの源治らしい。
「判ったな。死ぬだなんてことだけは考えな。約束だぞ」
 幼い子どもに言い聞かせるように言うと源治が呟いた。
「そろそろ帰ろう」
 お民の肩を抱くようにして歩き出した源の肩に身を預けながら、お民は固く眼を瞑るその閉じた瞳から、ひとすじの涙が流れ落た。
 自分たちは最早、このまま駄目になってまうのだろうか。
 絶望的な予感に怯えながら顔を上げると源治のまなざしがずっとこちらを見下ろしいることに気付く。星明かりを宿したよう澄んだ瞳が一瞬揺れ、哀しげに曇った。
 私はこの男(ひと)をこんなにも哀しませているだ。
 そう思うと、無性にやり切れず、そんな分自身を許せないものに思える。
「泣くな。俺は待つから。お前の心が以前ように俺だけを見つめてくれるようになるで、いつまでも待つから」
 源治の優しさが身に滲みた。そう、源治いつでも?待つ?と言ってくれている。兵を喪ったときも、お民のその哀しみが癒えまで待つと言い、石澤嘉門の許にゆくときもお民が無事年季が明けて戻ってくるまで待と言ってくれた。
 今でも、源治はお民の心が落ち着くまでつと言う。
 でも、お民の心はいつだって源治一人ののだ。もし、お民の心ではなく身体が他のを忘れられないのだと源治が知れば、その時源治はどうするだろう。
 今までも薄々気付いてはいても、それはくまでも推測の域を出ない。いや、敢えて付いていないふりをして、お民と同様、現から眼を背けているのかもしれない。お民身、自分が心では源治を想いながら、嘉門過ごした夜の記憶をいまだに引きずってい―そのことを自覚しながらも、けして認めうとはしていない。
 認めれば、すべてがそこで終わりになるそんなふしだらな女が源治の側にいるわけはゆかない。その事実を認めてしまえば、民は源治と別れなければならない。それが分の我が儘だと知りつつも、お民は源治のにいたくて、知らぬふりを通しているのだ。 源治がこの怖ろしい事実がまさしく真実のだと知れば。流石に、懐の深い男気のあ彼でも、そんなふしだらな女を傍に置くよな―ましてや女房として一つ屋根の下に暮そうとはすまい。
 源治に嫌われることを考えただけで、おは怖ろしさに気が狂いそうになってしまう。 だから、言えない。けして、この胸の想だけは言えなかった。
 すっかり晴れ渡った夜空に、煌々と輝く限の月が見える。その月を取り囲むように々がひしめいていた。
 それぞれの想いを胸に、二人は黙り込んまま月の照らす静かな夜道を歩いていった。
     【弐】

 町人町でもとりわけ賑やかな大通りの一に、小間物屋?縹(はなだ)や?がある。構えも小な店で、取り扱っている品々もけして高級ではない。だが、良質で安価な品が揃ってるとくちコミで広まり、殊に若い娘たちに気があった。
 その日、お民はその縹やの前に佇んでいたとはいっても、何もこの店に用があったわではない。今日は新しい仕事を探して、何かの口入れ屋を当たってみたのだ。
 石澤嘉門の屋敷から戻って既に半年がこうとしている。その間、お民は徳平店にずといて、特に働きに出てはいない。しかし左官の源治の収入だけでは正直、夫婦二人らしてゆくのがやっとというところだ。こまで続けていた造花作りの仕事は当然なら、止めざるを得なかったため、新たな仕を探す必要に迫られていた。
 元々、あの仕事は口入れ屋三門屋から紹されたもので、嘉門との縁も三門屋の主人吾が取り持ったものだ。三門屋と拘わるこがなければ、お民は嘉門の屋敷に妾奉公にがることもなかった―。
 三門屋がお民に嘉門の妾になる話を紹介たのは、まだお民が最初の良人兵助を喪っ間もない頃のこと。その話をお民が泣きなら源治に告げたときから、源治は三門屋を嫌いしている。これまでにも、お民が三門から相変わらず仕事を紹介して貰うことをひどく厭がっていた。