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石榴の月~愛され求められ奪われて~

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「嘉門どの、そこをおどきなされ、その女、この私が成敗してやりまする」
「母上、お気を鎮められませ。お民に一体、何の罪科があって、そのようなことを仰せになられるのですか。お民をいかにしても亡き者にすると仰せられるのであれば、たとえ母上とてただではあい済みませぬぞ」
 嘉門が腰に佩いた刀に手をかけたその時、お民は泣きながら二人の間に飛び出した。
「お止め下さいませ!! 私は、私は―どうなっても構いはしませぬ。さりながら、殿。実のお母上さまにおん自ら刃を向けるなど、そのようなことは絶対になさってはなりませぬ」
 お民は大粒の涙を零して、嘉門の脚に取り縋った。
「お願いですから、殿、おとどまりあそばされて」
「お民―、そなたという女は」
 嘉門が言葉を失った。
「そのような殊勝なる様を見せて、なおも嘉門どののお気を引こうという魂胆か。その呆れ果てた性根も目論見も見え透いておるわ」
 祥月院はなおも悪態をつきながら、打掛の裾を翻し、脚音も高く去っていった。
「申し訳ございませぬ」
 お民はその場に両手をついた。
「私のせいで殿のお大切なお母上さまをあのようにご立腹おさせ申し上げてしまいました。この責めは、いかようにもお受け致します」
 声が、震える。
 泣くまいとしても、涙が後から次々に溢れ、畳に落ちて染みを作った。
 生まれてから二十四年間、これほどまでの悪意と憎しみを向けられたことは一度としてなかった。我が身がこれほどまでにあの女人から憎まれ疎まれているのかと思えば、やはり哀しく、情けない。
 自分はどうして、ここまで酷(ひど)い目にあわなければならないのかとやるせなかった。
 いきなり、この屋敷に連れてこられ、毎夜、男に身を任せなければならず、好んでここにいるわけでもないのに、追い出したい、否、殺したいと思うほど憎まれている―。
 お民が大粒の涙を零していると、ふいに、その肩に大きな手のひらが乗った。
 もう、幾度となく触れられた男の手だ。
「そなたが悪いのではない」
 耳許で嘉門が呟くと、ふわりと抱きしめられた。
「母上は母上なりに俺のことを、この石澤家のゆく末を案じておられるのだ。それゆえ、つい、あのような心ない仕打ちや物言いをしてしまわれる。とはいえ、そなたには酷(むご)いことを聞かせたな。済まぬ」
 祥月院に対しては反抗的な態度を貫いた嘉門であったが、お民の前ではこうして母を庇った。いつも冷え冷えとしたまなざしですべてのものを突き放したように見つめている男、それが石澤嘉門という男であった。
 その日、お民は嘉門の意外な一面をかいま見たような気がした。

 その二日後の昼下がり、石澤家の庭では二人の下男が庭掃きに精を出していた。
 この日、二人が命じられたのは庭の椿の花を一つ残らず集めるようにというものだった。
 まだ二十代と思しき二人の男は庭にある数本の椿の樹の中、薄紅色の花だけを選んで集めた。地面に既に落ちているものや樹についているものまでも合わせると、用意していた籠がほぼ一杯になる。
 今度は、それらの花を離れの湯殿まで運び、満々と清潔な湯を湛えた湯舟に撒き散らす。
 浴槽の傍らにある檜造りの寝台には、花びらだけをいっぱいに敷き詰めた。
 二人の下男は主(あるじ)に命ぜられたままの作業を終えた後、小声で囁き合った。
「それにしても、殿は酔狂なことをなさるものだな」
「まだ陽の高い中から妾と椿風呂でしけ込むなんざァ、羨ましいというか、呆れ果てるというか」
「だが、あの女であれば、殿がそこまでご寵愛なさるのも俺は判るような気がするぞ。俺たちにゃア、滅多と拝むことはできねえが、たまーに庭を歩いている姿を遠くから見かけることがある。こう、膚なんぞは透き通るように白くって、ああいうのを吸いつくような膚っていうのか、とにかくきれいな女だぜ。ちょっと愁いがあるところがまた、たまらねえ。こう、時々、物憂げに溜息なんかつくところは、もう、そそられるよ。ひとめ見ただけでは、色っぽさなんかはそう感じねえのに、それでいて、どこか人眼を引く不思議な色気のある女だな。とにかく良い女だ」
「フーン、俺もそんな色香溢れる女と真っ昼間からしっぽりといきてえもんだ」
 二人は意味ありげな笑い顔で見つめ合うと、互いに肩をつつき合いながら?殿さまの女?についての話を延々と続けたのだった。
 二人の下男たちがそんな話に打ち興じていた頃、お民の許を珍しく嘉門が訪れていた。
 大体、このような昼間のお渡りがあること自体が珍しいのだ。が、嘉門から共に湯浴みをと言われたお民は戸惑った。
「陽の高い中からはいやでございます」
 と一度は拒んではみたものの、嘉門がすんなり聞き入れてくれるはずもない。
 椿の花を浮かべた湯舟に嘉門と二人で入りながら、お民はあまりの恥ずかしさに顔も上げられなかった。
 このひと月以上の間、お民は毎夜、嘉門に抱かれた。
 しかし、それは陽が落ちて辺りが夜の闇に沈んでしまってからのことで、こんなに明るい時間ではない。
 頬が火照っているのが、湯の熱さのせいなのか、身も世もない心地のせいなのかは判らない。
 嘉門は常以上に貪欲にお民の身体をむさぼった。唇を深く結び合わせながら、嘉門の指がお民の身体の至るところをまさぐる。
 嘉門の膝に乗ったお民を嘉門が力強く引き寄せ、下から突き上げる。お民の解き流した黒髪がゆらゆらと藻のように湯の中を漂う。
 身体の芯を妖しく駆け抜ける快さに、お民の桜色の唇から、あえかな声が洩れた。
 そんなことを幾度繰り返しただろう。湯の中で何度か交わった後、嘉門はお民を抱き上げ、湯から引き上げると傍らの寝台へとそっと降ろした。
 贅沢に薄紅色の花びらを敷きつめた寝台の上に横たわったお民の豊満な身体がほの白く湯げむりの中に浮かび上がる。
 そっと包み込むと、形の良い双つのふくらみの先端が嘉門の愛撫に応えるかのように固く尖る。嘉門は乳房からへそのくぼみ、やわらかな腹部と次第に手を下へと移動させながら、恍惚(うつと)りと仰向けになったお民の裸身に見入った。
 嘉門の手の動きが徐々に速くなってゆく。
 いつもそうだ。この手によって、お民の身体はめざめ、歓喜の淵にいざなわれてゆく。この手がお民の中の官能を呼びさまし、奥の方で眠っている?女?という性(さが)に火を点すのだ。
 一度、ついた火は情事が果てるまで、いや果ててもなお、お民を身体ごと灼き尽くす。苦痛と快楽の狭間に追い込まれ、ついには、その向こう側の楽園へとお民を連れてゆく。
 ―それは哀しい性だった。愛してもおらぬ男に抱かれ、お民の身体は真の悦びにめざめたのだ。嘉門に抱かれて、お民は初めて自分の身体が女として開眼したことを知った。
 皮肉なことに、お民の中の女を呼び起こしたのは最初の良人兵助でもなく、最愛の男源治でもなかった。
 花びらの褥に腹這いになったお民に嘉門が覆い被さってくる。突如として深く強く一挙に最奥まで挿し貫かれ、お民はあまりの衝撃に眼の前が真っ白になり意識が飛んだ。
 滾り切った熱棒で奥をかき回される度に、呼吸すらもできぬほどの快感が下半身を妖しく駆け抜ける。
 その快感は同時に苦悶をももたらす。