小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
ねこたねこ
ねこたねこ
novelistID. 44603
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

猫のムサシと猫のコジロウ

INDEX|7ページ/10ページ|

次のページ前のページ
 

離れても、離れてもコジロウは喜久子たちを見守り続ける。布団の横で見守ってくれていた時と同じ、穏やかな表情で。
 喜久子はコジロウが帰って行くのだと悟った。そして、呟いた。
「コジロウ……。ありがとう」
 二匹を抱きしめた喜久子は空へと舞い上がり、流れて行く木箱を天からいつまでも見守り続ける。
 そんな夢を
喜久子は見ていた。

   7.

 台風の勢いは衰えることなく、夜になっても豪雨と強風が続いている。コジロウと喜久子の二人暮らしだった家には多くの人たちが出入りし、慣れないコジロウは皆を警戒するようにあちこちに移動していた。
しばらくして人の気配が少しずつなくなり、四、五人が残って喜久子愛用の小さなちゃぶ台を囲み談笑をはじめた。となりの部屋には喜久子の亡き骸が安置されている。どこからか現れたコジロウがその部屋の前に座り続けると、優希也がスッと猫幅に開けてくれた。コジロウは中に入り、喜久子の傍に寄り添うように香箱座りで落ち着いた。最後に何人かが帰り、家には静寂が訪れる。
「コジロウ、もう、みんな帰ったから大丈夫だよ。俺は今日ここに泊まるから、おまえも少し休みなよ」
 優希也が何かを話しかけてもコジロウはあまり反応せず、ただ、喜久子の傍に居続ける。
「わかったよ、コジロウ。今日は、それが、いいよね……」
 優希也は再びふすまを猫幅分だけ余して閉めると、人の出入りで散らかった部屋を片付け始めた。
 翌日も朝から多くの人がやってきた。そして、家の前に黒塗りの車が到着すると、何人かの人が上がってきて、喜久子を車へと運んで行く。コジロウは優希也に抱かれてその様子をじっと見つめていた。しばらくして家の中にいた人たちもいなくなり、優希也も玄関へと向かう。
優希也がしゃがんで革靴の紐を結んでいたとき、半開きになった玄関の扉を何かがサッと駆け抜けたような気がした。
ハッとして顔を上げた優希也は急いで外に出る。左右を素早く確認すると、強烈な風雨が吹きすさぶ中、垣根の下を電波塔のほうに向かって猛然と走っていくコジロウの姿があった。
「コジロウ! 戻ってこいコジロウ! コジロー!!」

   8.

 九月二十二日。お彼岸。お中日。
 先日までの荒れた天気が嘘のように、空は清々しく晴れ渡っていた。台風一過。秋晴れという言葉がぴったりな澄み渡る空の下、佐織は勇福寺の参道近くを歩いている。
ムサシがいなくなって二年が経ち、そろそろ心に区切りをつけなければと思いながらも、さらに一カ月が過ぎてしまった。母も弟もムサシの件では心を痛めた。しかし、佐織のそれは比べ物にならないものだった。
一人ぼっちで何もなかった自分に希望と目標を与えてくれたかけがえのないパートナー。亡き骸を見たわけでもないのに、死んだと思えなんて無理だった。諦めて新しい動物を飼うなんて考えられなかった。
でも、自分に大切なものをくれたムサシが今の無気力な自分を見たら何と思うだろう? 悲しむだろうな。これじゃ布団に入ってきてくれないな。日に日にそんなふうに思うようになっていた。
 向かう先の勇福寺は、自然に囲まれた美しい敷地内にたくさんの出店が軒を連ね、週末には多くの人で賑わうちょっとした観光スポットである。最近は旅番組で紹介される機会も多い。なにより、境内の先には、手厚い供養と本格的設備で知られる立派な動物霊園があることでも知られていた。
しかし今日、佐織は霊園にお墓を買いに来たわけじゃない。冥福を祈りにきたわけでもない。人間に愛され、人間に愛を与えた多くの動物たちが眠るこの場所で、ただ、心に区切りをつける。明日から前を向いてがんばるために。それだけだった。
 初めて来てみたが、お彼岸の連休初日ということもあって、周辺は佐織の想像以上に賑わっている。あちこちに縁日のように店が並び、細い石畳の参道には家族連れやお年寄り夫婦はもちろん、佐織と同年代の若い男女の姿もあった。
霊園へのお参りに来る人も多いのか、犬を連れた姿も多く見られる。遠巻きに霊園を一目見ると佐織はすぐに目をそらして、近くを歩き始めた。ちょっと歩いたところで「里親募集の会 二十二日、二十三日 二日間開催中」と書かれた大きな看板があるのに気付く。
「霊園の横で、こんなこともやってたんだ……」
 佐織はさっそく中に入ってみた。
 小さなプレハブの室内には、大小様々なケージに入った犬や猫がところ狭しと並んでいた。ケージの前には「6月20日生まれ。○○駅付近の公園で保護。予防接種済み。人懐こくて甘えっ子。明るく元気な子猫です」などと書かれた簡単なメモがそれぞれ貼られている。熱心にメモを見ていると、一人の女性に話しかけられた。
「ワンちゃん? 猫ちゃん? ワンちゃんなら、この子たち、見てくれる? ひと月前に捨てられてたのを保護したの。瀕死だったんだけど、ほら、今はこんなに元気よ」
 六十歳くらいだろうか、優しそうで明るい表情を佐織に向ける。
「え、あ、ちょっと、見ていただけなんです。す、すみません、失礼します」
 佐織はぺこりと頭を下げると早々に会場を出てしまった。見るだけなら別にいいのに、何かムサシを裏切ってしまったようで罪悪感にかられてしまう。まだ、心のどこかにひっかかりがあるんだな。せっかく区切りをつけるためにやってきたのに、ダメな私。
 会場を出て空を見上げる。相変わらずのくっきりした青い空。木々に囲まれた敷地内の景色も美しい。せっかくだからもう少し散歩しよう。と、小屋の向こうにざわつく声が聞こえ、多くの人が集まっているのが見えた。
「なんだろう」佐織は人だかりを目指して歩く。
着いた場所は、犬や猫をモチーフにした手芸や革細工、ガラス細工などの雑貨を売るバザーのような露店スペースだった。愛猫や愛犬の名前を彫ってくれるペンダント店や、革のコースター店。お皿に筆でイラストを書いてくれる店もあった。一通りの店を回った佐織が全体をもう一度見渡してみると、一番端っこのさらに先にポツンとある一つのスペースをまだ見ていないことに気がついた。
近寄ってみると「思い出の犬 思い出の猫の似顔絵描きます 一枚二千円」と書かれた立て看板がある。その奥には、折りたたみ式の小さな椅子に座り、キャンバスに向かって筆を走らせる一人の老人の姿があった。
歳は七十過ぎだろうか。白いロングTシャツの上に釣りで使うようなベストを着て、汚れに強い作業員風のダボダボズボンを穿いている。ほとんど禿げあがった頭には白く短い毛がちょぼちょぼと生えていて、いかにもおじいさんという風貌だが、その眼光は思いのほか鋭く、そして若々しい。
「あのー」佐織は思い切って老人に話しかけてみた。
「思い出っていうのは、死んじゃったってことですか?」
 老人はやさしく微笑むと、
「頼まれればどちらでも描くよ。ただ、今、生きてて近くにいるなら、そいつをちゃんと見てやったほうがいいと思うがね」
 まあ、それはそうだ。「死んだ犬猫」と書くのは少しデリカシーがないし、あなたの愛犬・愛猫と書けば、今飼っている動物の注文も歓迎というふうに見えてしまう。「思い出の」って表現が一番やさしいかな。佐織は納得した。