小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
ねこたねこ
ねこたねこ
novelistID. 44603
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

猫のムサシと猫のコジロウ

INDEX|6ページ/10ページ|

次のページ前のページ
 

 喜久子は、優希也に次回来るとき段ボールを持ってきてくれるよう頼み、届いた段ボールを優希也がやったように補強してベッドを作った。
「コジロウ、新しい寝床だよ。ホームセンターにあるような、おしゃれなものではないけれど……」
最後にコジロウ愛用の小さな座布団を入れてやると、一部始終をじっと見ていたコジロウはすぐに中に入り、そしてそのまま丸くなった。喜久子はコジロウが愛しくなって、白黒の体をやさしく撫でた。

 春。喜久子はコジロウに、ここに来てから二つ目の首輪をプレゼントした。庭を駆け回って木に登ったり、居間の座布団に何度もダイブするため、来たときに買った首輪は薄汚れ、金具もとれてしまったのだ。
通院の帰り、優希也の車であの日以来、二度目のホームセンターに行った喜久子は、やはり赤い首輪を選んでいた。コジロウには赤が一番似合う。喜久子は、前の飼い主さんも一番似合う赤を選んでいたことを思い出した。そして、どこかでコジロウを待っているかもしれないその人のことを思うと、少し胸が痛むのだった。

   7.

 コジロウが来て二年目の夏。喜久子の持病はいよいよ悪化していた。息子夫婦は何度も電話してきて入院をすすめたが、喜久子はそれを拒否した。
入院して完治するならそうするが、自分の病気はそういうものではない。なにより、コジロウと離れ離れになってしまう。それが絶対に嫌だった。愛しいコジロウと一緒にいられないなんて死ぬことよりもつらい。そして、今の自分はそれを自分で選ぶことができる。その機会を神様とコジロウが与えてくれたのだと、喜久子は思うようになっていた。
 ここ一カ月ほど、優希也に連れられて行く病院以外は、ほぼ自宅の布団から出なくなっていた喜久子は、コジロウが来てからのことを思い出すことが多くなった。布団の近くに敷いた小さな座布団で毛づくろいをしているコジロウに話しかけることも。
「ねえ、コジロウ……きっと、あなたは私のためにきてくれたのね。あの日、私があなたを保護しなかったら、あなたは死んでしまったかしら……。もし、そうだったのなら私はあなたの命の恩人ね……」
 布団の中で横になり、コジロウを見て微笑む喜久子。必死に毛づくろいをしていたコジロウはふいに喜久子の視線を感じて、少しべろが飛び出たままの顔で振り向いた。そして喜久子の方を向いてしゃんと座り直すと、一度、ギューンと背伸びをした。
「あなたの本当の飼い主さんを見つけられなくてごめんね……。私……、それは心残り。でも、ここで一緒に暮らせて幸せだったなら……、それはうれしい。私はあなたに感謝してるの。ねえ、コジロウ、あなたは私と会えて良かった?」
 喜久子の近くに寄り、くんくんと顔の匂いを嗅いだあと、コジロウは頭をぐりぐりして布団の中に入りゴロゴロ喉を鳴らした。暑い夏の日に布団に入ってくるのは初めてだった。
 
 暑さが少し和らいだ九月のある日、喜久子は久しぶりに縁側に出た。その音を聞きつけてダダダッとコジロウが走ってくる。喜久子はお茶を入れて座り、久しぶりの外の空気を思い切り吸い込んだ。庭のあちこちを探検して、匂いを嗅いだり、木で爪を研いだり、トカゲを追いかけたりするコジロウを見て、喜久子は何とも言えずうれしくなった。そして、少し切なくもなった。
 いつもの癖で、庭で一番高い木の不安定な枝によじ登り、電波塔の方を眺めるコジロウを見ながら、喜久子は覚悟したような面持ちで、入院したときに優希也から与えられた携帯を手に取った。
前に優希也が来てくれたのは四、五日前だろうか。優希也が来てくれるとき、喜久子は元気に見えるよう努めて明るく振る舞った。日々のメールにも「元気だから大丈夫。毎日庭を歩いているよ」と嘘の返事を出していた。心配をかけたくない。ただ、その気持ちからだった。
今もそれは変わらない。そうしたいのはやまやまだけれど、もうそうしてはだめだと思った。これ以上強がったら皆に迷惑をかけてしまう。喜久子の体が、喜久子自身にそう訴えかけていた。
滅多に弱みを見せない喜久子の電話を受けた優希也が毎日来るようになって以来、喜久子は安心して、少し気が抜けたようになっていた。フラフラの状態で食事を作る必要もないし、身の回りの世話は全部優希也やってくれる。コジロウの世話も安心して任せられる。
庭で優希也と遊ぶコジロウを見て、喜久子はなんだか目がしらが熱くなった。なんとなく、別れが近い予感があった。

前日の予報通り、本州に迫っている台風の影響で、その日は朝から強風と豪雨に見舞われた。朝方寄ってくれた優希也は、喜久子とコジロウがいる居間の雨戸を閉めていってくれた。
「夕方、また来るから。今夜は暖かい鍋焼きうどんでも作るよ。じゃ、行ってくるね」
 うんうんと布団の中で頷いたが、そんな優希也の問いかけはぼんやりとしか聞こえていなかった。
 強い風と雨が石つぶてのように雨戸を叩く。
ご飯を済ませ、水を飲み、トイレを終えたコジロウが、横になる喜久子の傍にある自分の定位置の座布団に腰を下ろす。喜久子は力の入らない腕を精一杯伸ばしコジロウに触れた。コジロウはそれに応えるように喉を鳴らす。しばらくしてコジロウははたと立ち上がり、雨戸のほうへ向かっていった。朦朧としながらも喜久子は気付いた。そう言えば、あれほどうるさかった雨、風の音が聞こえない。
コジロウは雨戸をガリガリと擦り始める。こんなコジロウを見るのは初めてだった。喜久子は這うようにして雨戸に近づき、そろそろと開けてみた。すると、空は嘘のように晴れ上がり、眩いほどの日が差していた。
「ミャーン」
 喜久子が窓を開けると、コジロウは光を浴びて目を細め、庭に飛び出していつもの探検を楽しそうに始めた。雨水を舐めたり、木に登ったり――。
「太陽を……、見せてくれたのね……」
 薄く微かな笑みがこぼれた。
 喜久子は窓際で雨戸を開けた状態のまま半身に寝た。
太陽の光を体いっぱいに受けながらコジロウが無邪気に遊ぶ様子を見続ける。
ぽかぽかして、だんだんいい気持ちになって。
そして、意識がゆっくりと薄れていく。コジロウのはしゃぐ音が遠くへと消えていく。

「ミャー、ミャー!」
 川べりに立ちつくす喜久子の前に、流したはずの二匹の子猫が駆け寄ってくる。
「戻ってきてくれたんだ!」
 十一歳の喜久子は全速力で白と黒の猫のもとへと走り寄る。二匹を思いっ切り抱きしめた少女は大粒の涙を流して叫ぶ。
「ごめんね、ごめんね、もうどこにもやらないからね。ずっとずっと一緒だからね!」
 さらに強く二匹を抱きしめた喜久子は、遠くにもう一匹の猫を見つけた。
「あ、コジロウ、おまえもおいでよ。みんなで一緒にあそぼう!」
 ゆっくり歩み寄ってくるコジロウは喜久子の近くまでくると、猛然とダッシュして川へとダイブした。
「あっ、コジロウ……」
 流れてきた木箱の中にコジロウは着地すると、サッとこちらに振り向いた。川はゆっくりと流れ続け、コジロウとの距離はどんどん離れて行く。しかし、コジロウはこちらを凝視したままで、その顔はどこか満足そうな微笑みをたたえているかのように見えた。