猫の妖精と魔法技術者
商団はこれより大陸を北上しながら荷物を売り渡り、俺たちは十一番に渡る為に南の半島を南下する。この事件はその道中、丁度半島の中頃を過ぎた辺りでの出来事だった。
「……ティルさん。ご飯が、足りません」
二人合わせて二週間分の食料が僅か一週間で消え去ってしまっていた。飯は毎日三回、定量を出していた筈だ。それが何故か量が足りなくなっている。俺が食ってないのは自身が良く分かっていることで、残るは疑わしき同行人だ。
「……?」
「不思議そうな顔をしてんじゃねぇっ! 予定より飯の減りが早いんだよ! 一体どういうことだよっ!」
「ネズミさんが、食べたに違いない」
「そんな人間以上に飯食うネズミさんがいてたまるかっ!」
「ネズミさんじゃないとすると……あなたっ!」
「だったら多めに積むわっ!」
どうやらこの女、あくまでとぼけるらしい。
いや、犯人は分かっている。問題はその犯人が無口な上、否認の徹底抗戦に打って出ている所だ。
しかし、確かに疑惑は残る。こいつ自身はそれほど量を食べる訳ではないのだ。ここ一週間寝食を共にしてきたが、腹を減らす姿を良く見るものの食事量はさほど多くはない。燃費は悪いが、胃が小さいのでそれほど多くの量を一度に食べることができないのだ。だから夜中にこっそり食べているとしても、この量は少し多すぎだ。
まあ、いい。とりあえず今回は釘を刺しておいた。流石にこれから食料が減ることはないだろう。
――だが、そう思っていた自分が、甘かった。
三日後のことだ。
「……ティルさん。ご飯が、ありません」
朝起きて保存食の木箱を開けたらご飯がなかった。比喩でも何でもなく、ご飯がなかった。
「……まだそこそこ残っていた気がするぞ。それが、何故、からっぽになってるんだ?」
被疑者の目を見る。俺から目をそらす被疑者。その頭を掴んで引き寄せる。
「ティルさん、ご飯が、ありません」
「だから、大きな、ネズミさんがっ!」
「そんなでかいネズミ、いたら気付くわっ!」
「ネズミさんじゃ、ないとしたら……あなたっ!」
「三日前と同じ返事してんじゃねぇよっ!」
「おおぅ、デジャヴ……」
「三日前実際にやったやり取りだっ! デジャヴって言うにはあまりにお粗末だからっ!」
この女、口を割らねぇっ! こうなったら、断食だ。次の街に着くまで飯抜きだ。流石にこうなったらティルも考えざるを得ないだろう。
――それから更に二日が経った。
「……」
「……」
腹が減ると人間は口数が減る。しかも神経も逆立ってくる。一面食えない雑草しか生えてない荒野なのがなお不味い。退屈と空腹は心の病魔だ。おかげでこうして剣呑とした空気で車内が満たされている訳だ。
無言。ティルは必要がなければ口を開かないタイプで、この俺も会話はあまり得意なタイプではない。会話を交わしている方が珍しい方で、旅路も大体は無言だった。しかし、こんなに空気が悪くなったのは初めてだった。まあ、空気を勝手に悪くして勝手に気にしているのは自分であるが。
車内で響いているのは空調と外の風の音ぐらいで、あとはもぎゅ、もぎゅという何かを咀嚼する音……。
「って何を食ってやがるっ!」
その咀嚼音は横のティルから聞こえてきた。良く見ると、頬を膨らませて何かを咀嚼していた。
「……食べる?」
そう言いながら、口の中の物を見せる。
輪っかだ。茶色の伸び縮みする紐輪っかが大量に……。
「輪ゴムだからそれっ! 食うな食えない吐き出せっ!」
「むぅ……どうりで、味がないし、いつまで噛んでも無くならないと、思った……」
「気付けよっ! 口に入れる前に気付けよっ!」
「食べられないのか……」
「あからさまにガッカリしているけど、二日前に食いもんがなくなったと言ったところだ」
「――っ!」
「何で今更驚くんだよっ!」
「ヴァイル、ここ二日間、ご飯忘れてると思ったら、そう言うことだったのか……!」
「忘れないからっ! ご飯のことを忘れた覚えはここ二〜三日ないからっ!」
「それじゃあ、木箱の中が空っぽだったのも……?」
「やっぱりお前が中身をちょろまかしてたのかよ!」
「木箱の中が空っぽだなんて、知らない……」
「今更誤魔化してもボロしか出てねぇよっ! というかお前人の話全く聞いてねぇなっ!」
駄目だ、腹が減る。怒ったら、腹が減る。
「むぅ、由々しき事態……」
既に非常事態宣言は二日前に発令済みだ。
「まあ、何とか、なる……」
こいつの性格が少しずつだが掴めてきた。
「それに、ほら……」
ティルは正面右方向を指さす。
「あそこに行けば何か食べ物があるかも……」
「タンポポ?」
そこはタンポポなどの野草の群生地だった。丁度荒野と草原の境目であり、どうやらそこから先は森になっているようで、森の奥には小さいながらも山がそびえている。
そういえば、タンポポって食用にできたよな。上手くいけば肉類も捕れるか。
「むぅ、なんか誤魔化されている気がするが、まあいい。今夜はあそこでキャンプだな」
そうボヤキながら、その草原へとトラックを入れる。丁度疲れてきたし、不足した食料も調達したかった。
草原はタンポポなどの野草が群生しており、見たところ食用になる野草も多く見られた。
ティルはトラックから飛び降りる。そして、野に咲いたタンポポをジィっと見つめる。
花をめでる趣味がこいつにもあったのか。そう感心しながら、俺もトラックから降りる。
ティルは優しげな手付きでタンポポの葉を撫で、そして一息に――。
「……あむっ」
――ぶちっと引き抜いて口に入れやがった。
「そのまま食うなッ!」
腹が減っているのは分かる。俺もそうだからな。だからってタンポポ丸ごとを一口で食うか普通っ!
まあ、毒にはならないだろう。多分。
俺は辺りを回り、食用の野草を探す。ハチの巣なんかも見つけたが、ハチを捕まえる道具もないので諦める。ハチやハチノコなんかは素揚げにしたり炒めたりして食べると上手いのだが、ハチを捕まえるには道具が必要だ。今回は大人しく野草で我慢しておこう。
そう思ったのだが、やっぱりハチの巣を諦めきれない。見たところキラービーの類。刺されたら一たまりもないどころか、死ぬ。一匹二匹ならまだ痛いだけで済むかもしれないが、あれだけ大量にいたら確実に死ぬ。
……いや、待てよ。確かテッポウマルの換装用に作った腕、積んでたよな。スタンガンの類も積んでるから、腕を付け変えた後に高圧スタンガンを直結すれば……。
麻袋もある。麻袋にハチの巣を入れ、高圧電流を流せばいい。腕の付け替えもスタンガンの直結もそれほど時間は掛からない。
「ヴァイル、ヴァイル!」
「――? なんだよ」
「ハチの巣持ってきた」
そうか、ハチの巣か。丁度俺もそのことを考えていたところ……ってアレ?
「お前、どっからそれを……」
「あっち」
そう言いながらティルは俺が先ほどハチの巣を見つけた所を指差す。そこにはあった筈のハチの巣が何処かに消えており。ぶうんぶうんと不吉な音が辺りに響いている。
ティルは傷一つない。防御魔法で身を固めて行ったのだろう。
作品名:猫の妖精と魔法技術者 作家名:最中の中