猫の妖精と魔法技術者
画面の赤い四角がワームを囲む。とにかく弾幕を絶やさない。チェインガンの掃射も続ける。なるべく、AMライフルにて作った傷を狙う。
――ガチン、という何か嫌な音がした。
「な、ジャムった!」
排莢不良、空薬莢が排出口に挟まってしまうことだ。排莢不良は主に整備不良などが原因だ。鉄すら貫通する弾丸を火薬にて撃ち出す機械だ。たとえ鋼鉄製とはいえ、歪みは出る。粉塵によって排莢に狂いが出る。やっぱり整備もロクに終わっていない代物を使うのはまずかった。右のAMライフルは十分にその役目を果たすことなく、弾丸を打ち出す事を止めた。残るのは左のAMライフルと両手のチェインガン。左のAMライフルの弾も残り僅かだ。
それに気を取られたのが不味かった。目の前には鋏の様なワームの顎が大股を開いていた。
胸部スラスターを起動する。その瞬間的な加速は生物の加速とは一線を画する。この回避行動の後に眼球にチェインガンをお見舞いしてやる。
ぼっ――しゅん。
「ってぇぇっ!」
見事だ。見事なまでの不発っぷりだ。肝心なところでドコもカシコも不調で動かず。その顎から逃れるにはついぞ到らず、その鋏はテッポウマルをしかと挟み込む。
左のAMライフルを使う。顔面に向かって、一発、二発、三発。その全てが固い頭蓋によって弾かれる。まあ、確かに無理な話か。頭と言えば機能中枢が集まる場所だ。そこに比べ柔らかかった腹部ですらダメージを与えきれなかったのだ。頭なら尚更だろう。
「駄目かっ!」
左腕の弾は残り一発。顎を撃ち砕くか。その後はどうする?
俺は左腕のAMライフルを顎へと向けた時だった。モニターの端にそれは移る。
「なんだ、一体?」
旅人だ。砂色のコートを着たあの旅人だ。そいつは、先ほどまでのゆったりとした歩きとは打って変わり、駿馬もかくやという俊足にて砂漠を駆け抜ける。
まるで砂漠の風。一陣の金色の烈風が、白い砂漠を通り抜ける。
「なんなんだ、あいつは……」
そいつは、ワームの背中に飛び乗ると、それを足場に頭の方まで駆け上がる。人間技じゃない。腰から片手剣を引き抜くと、ワームの顎バサミを一断ち。
白い刃だ。文字通りの白刃。冗談みたいな白さと薄さを称える刃は、太陽の光を反射する。その飾り気のない柄だが、それはそれ故に用途が分かり易い。しかし、刀身の美しさは宝剣・宝刀のそれである。
「な、なんだっ?」
とにかく、離脱が先だ。脚部スラスター起動。そのままワームの眼前から離脱する。同時に、旅人は右手をワームへとかざす。
魔法だ。魔力によって引き起こされる自然法則の総称。その中でも魔法使いの基礎と言える魔法、魔弾を旅人は放つ。
――魔力は無色万能曖昧模糊のエネルギーだ。熱力にも、電力にも、果ては磁力にすらその性質を変化させる。魔弾は、エネルギーに何の加工も行わずに対象へと投擲する基礎魔法である。
爆音。魔力は着弾と同時に爆発的な熱力に変わる。ワームは声にならない悲鳴を上げる。
「妖精……」
そう、妖精みたいだった。砂漠の空に棚引く金髪は、黄金よりなお輝いて見える。肌の色はその黄金の髪を惹き立てるような白磁の肌。マントより覗くそのあどけない顔は、まるで妖精か天使のようだった。羽が生えているみたいに小さな身体は宙を舞い、真っ白な刃は砂虫の脳天を両断する。
『こりゃぁ、逃げる準備は必要なかったみたいだな』
無線で届いたそのとっつぁんのボヤキは、俺の頭に届くまでしばらく時間を要した。
その夜は宴だった。
ワームの外殻は様々な用途に使われる。また肉は大変美味で、高級品のロブスターに匹敵する味なのだ。しかし、売るにしてはこの量は冷凍庫に収まる量ではない。故に、大型の魔物の肉は多くをこうやってその場で食べてしまうのがザラだ。
炙り焼き、バター焼き、鍋、炒め物、フライ。最早謝肉祭の様相を呈している。今夜は風も少なく、気温は安定していた。砂漠の夜は冷え込むのだが、今日は砂漠も俺たちの宴を歓迎しているようだ。
今日の主賓は砂色のコートを纏った旅人だ。あの砂色のコートから顔を出したのは小さな女の子だった。
「とっつぁんたちの浮かれっぷり、いい大人がみっともないなぁ」
いや、いい大人だからこそ、か。こういう時にはしゃがないと、他にはしゃぐところは大人にはない。
俺はあまり酒というモノが得意ではない。あの輪に入って飲んでいるとすぐに酔い潰れるのが目に見えているから、こうやって人だかりから外れているのだ。
「……あなた、昼間の人?」
目線を声の方にあげる。そこには例の旅人が立っていた。
「そうだけど……」
綺麗な女の子だ。真っ白な肌に、桜色のリップ。黄金に輝く金髪は腰まで伸びており、金色の瞳と相まってまるで天使のように思えた。真っ黒でボロボロの半そでシャツに同じく黒のキュロットスカートを履き、砂色のマントを羽織っている。本当にこの軽装でこの砂漠を越えてきたのか、信じられない話だ。
あの時、ワームの背を駆け上がったり顎バサミを両断したりしたようには見えないほどに華奢な身体をしている。見た目、まだ年端の行かない子供のようだ。いや、事実子供ではないだろうか。
魔力の貯蔵媒体となるエーテルは生体にある種の影響を与える。人はエーテル汚染と呼んだ。多くの場合、エーテルは生体の進化を促すという。俺が知っている例を挙げるのならば、ヒトの体にはあり得ない特徴が現れることだ。例えば、人の耳の代わりに犬の耳が生えて、聴力が通常より良くなったり、身体能力が大幅に上がったり、髪の色が真紅や深碧の色に染まっていたりと、人が本来持たない色素の髪色を蓄えていたりなど、様々である。
大方、この女の子の身体もこのエーテル汚染により突然変異を起こしたのだろう。そうでなければこの小さく華奢な身体では、あの戦闘能力は説明できない。
酒が入っているのか、はたまた別の理由か、少し頬に赤みが差している。
「助けてくれてありがとな、旅人さん」
俺は、中々言うタイミングを掴めなかったその一言を口にする。
「別に、いい」
旅人は、俺の瞳をジィっと見つめる。その黄金の瞳は何かに似ていた。
「そんなことより、あなた……死にたかったの?」
「なぁっ!」
いきなりトンでもないことを言い出す女だった。
「あんな火力で頭を狙うなんて、論外。そもそも、銃のあんな運用方法ではワームを撃退するには無理がある」
と、旅人は俺の先の戦闘での至らなさを列して行く。
ぐぅの音も出ない。なんせ間違っていることは何一つないのだから、物凄く耳が痛い。
その耳に痛い説教を聞きながら、俺は旅人の顔を見る。表情の変わらない奴だ。まるで人形みたいだ。故に、その美しさが際立つ。
「聞いているの?」
「聞いてるって。確かに俺の至らなさは分かっている」
「そう……」
呟き、旅人は俺の隣に座る。このままあの輪の中に戻らなかったのは、旅人もあのテンションにはついて行けなかったのだろう。主賓を置いて騒ぐ彼らはどうかとは思うが、あの輪の中で一緒に騒ぐこの少女の姿も想像できなかった。
作品名:猫の妖精と魔法技術者 作家名:最中の中