猫の妖精と魔法技術者
1/「ティル・ケットシー。それが、私の名前」
真っ白な砂漠が続いている。その真っ白な地平線の先を目指し、浮遊船・ウィークエンド号は進む。
「いや、ま、今回の納入先も厄介なんだよなぁ。小銭はまけろとか言うし、そもそもケチくさいんだよ、あのオヤジ。お前もそう思うだろ」
「あー、まー、そーだなー」
商品を納入する手筈になっている業者に対する愚痴だ。ウィークエンド号の船長、ガルディックの愚痴を、俺は延々と聞き続けていた。
「なぁ、アレって人、だよな?」
操舵室でとっつぁんのぼやき声を聞き流しながら、計器類に目を通している時だった。ふと、船の前方に小さな人影を目にしたのだ。人影は砂色のコートを身にまとっており、その背丈は子供のようだった。そのことを口にすると、とっつぁんも愚痴を取りやめて操舵室と外を隔てる硝子板に顔を張り付ける。
その旅人は、キャラバンに参加することなく、一人でこの砂漠を渡りきろうとしていた。
通常こういった砂漠を横断する場合はキャラバンに参加するのが鉄則となっている。一人で砂漠を渡るには命が幾つあっても足りないからだ。
だが、驚くべきことにそいつは一人で砂漠を渡り切ろうとしていた。
「なんだアイツ、死ぬ気か? まさか一人でここまで来たわけじゃないだろうな?」
いくら旧文明の道があるとはいえ、馬も車も用意せずの横断だ。無謀と言われても仕方ない。普通ならもう既に息絶えていて然るべきだが、旅人はあと少しで数十キロ先にあるコロニーへと辿り着こうとしていた。あの足取りならば二日も歩けば辿り着けるだろう。
フードを目深に被っている為、人種どころか性別すらも分からない。前述の通り、砂漠も既に終わりを迎える。このまま進めば旅人は単独で踏破という快挙を成し遂げることになる。
――それだけでも人間離れしているが、ここには多くの魔物が現れる。一人でその魔物を往なし、そして砂漠を抜けつつあるのだ。
時折、こういった化け物の話を耳にする。戦場に立てば一騎当千。サバイバルに長け、一人だけで生き抜くことができる人間離れした『人間』が。例えば、竜殺しの剣を持ち幽霊騎士を率いる騎士団長の話や、『剣折りの双剣』と呼ばれる人間災害の話。そういった噂は職業柄か、良く耳にする。
「声でも掛けるか?」
人のいるところに金の匂いあり。商機は砂漠の真ん中でも転がっている。
「止めておけ。この砂漠を一人で渡り切ろうとしている奴だ。腕だけじゃあなく、脳みそもおかしいんだろうよ。前みたいに強盗に合うのも嫌だしな」
船は旅人の横を通り過ぎる。旅人はこちらのことを気に掛けることもなく、ただ自身の旅路を進み続けていた。
俺が在籍する商団は浮遊船を所有している。その為に砂漠の横断には必須と言えるキャラバン参加の必要がない。宿の費用、キャラバン参加費、倉庫代その他諸々の費用と船の維持費を比べても、浮遊船を持っていた方が最終的な費用は抑えることができるのだ。
しかし、浮遊船は通称ギフトと呼ばれる旧文明の遺産、ロストテクノロジーの塊だ。おいそれと手に入るものではない。このウィークエンド号もギフトに分類され、とある旧文明の遺跡にて商団が発掘したモノであり、要は盗掘品だ。
基本的にこういったギフトはその土地の地主が所有権を有するが、旧時代第一級国家などの都心部などでは先の文明崩壊期の影響が未だ色濃く、今でも多くの魔物が生息している。その為に、あまりの危険性から権利を主張する者、正しくは?権利を主張できる者?はいないのだ。
故に、そういった土地で見つかるギフトは発掘者のモノとすることができる。これを生業とするモノをトレジャーハンターなどと呼ぶこともある。これらギフトはかなりの値打ち物であり、更に都というテクノロジーの集中する土地柄か、多くの有用なギフトが発掘される。
そういった土地に入り込み、見つけたのがこのウィークエンド号だ。全長五〇メートル、高さは十メートルに及ぶ低空浮遊船で、高い所を飛ぶことは不得手だが、代わりに多くの荷物を乗せ、長い距離を進むことに長けている。
浮遊船に採用されている動力部や発電機関の研究はしかと進まず、未だブラックボックスの部分が多い。何より、そのテストケースが少ないことと、発電機関の研究には危険が伴うことが主な要因である。
動力に電力と魔力が使われていることは分かっているが、その充電手段が良く分かっていない。高等魔術、古代魔術の類を使われたハイブリットエンジンであり、現代の魔術師では解読も不可能な代物なのだ。
こういった不可解としか言いようのないオーバーテクノロジーは典型的なギフトであり、そういったギフトが金目の物であるのは自明の理である。
このウィークエンド号を狙って強盗に押し入る者は少なくない。浮遊船は個人や社団で所有できる範囲を大いに超えている。故に、浮遊船を手に入れても多くの商人は何処かの国に売り払ってしまう。傭兵を雇うにしても、その傭兵すら信用できないほどに値打ちのあるものだ。傭兵をまともに雇うこともままならない。
結果こういった浮遊船を所持できる者は、武力を持つことを大前提とする商人や財閥、国家となって来る。個人で浮遊船を所有する者もいるが、あまりに少数である。この船の船長はこのガルディックという男だ。姓は竜骨とかそんな意味の名前だった気がする。愛称はとっつぁんだ。
とっつぁんは武装商団の社長を担っており、元武僧であったという経歴と当時築いた人脈を用いてこの『竜骨商会』を結成した。俺は結成当時からの役員であり、発掘品管理部長という立場に立っている。何らかの根拠に基づいて就いた役職ではないが、少なくとも管理部にて俺以上にギフトに詳しい者は他にいない。
船尾の監視映像機で旅人の姿を確認する。
旅人はただ黙々と砂漠を一人歩いていた。あの旅人は、生きてこの砂漠を抜けることができるのだろうか?
いや、できるだろう。考えるまでもないことだった。
作品名:猫の妖精と魔法技術者 作家名:最中の中