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猫の妖精と魔法技術者

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「いや、ほら、カズちゃんって見た目は女の子だからね。その辺を利用してジャパニーズニンジャクノイチの如くあいつを垂らし込んでもらおうかと」
「あんた日本人だろっ! 何がジャパニーズニンジャだっ! あと万が一そうだとしても言っちゃったら意味がないだろっ!」
「で、あんたはどうかね。なんなら、一晩と言わず二晩ぐらいいいぞ」
「……………………………いや、意味が分かりません」
「何だよその凄い長い沈黙っ! その沈黙は本当に意味が分からなかったからであって、まさかちょっと良いかもって揺れたりしてないよね!」
「むぅ、やはりエロエロウサミミ娘に変身させた方がいいのかのぅ」
「そういう問題じゃないと思うよっ! だからアラツキも腕を構えないでっ!」
「………………………………………」
「あんたも悩んでんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 男は我に返ったのか、ドアノブに手を掛ける。
「それだけなら、私は戻りますよ。何もしなければ全員無事で解放するのですから。そんなことをせずとも良いのです」
「いやさ、外が騒がしいからの。どうせだから手伝ってやろうかと思っているのじゃよ。ジェスター・ウルフ君?」
 男は進めようとした足を翻した。
「そこの男の装備から推測するに、あんたらはこんなケチで半ば漁船の様な貨物船を襲うような小物とは思えなかったのでね。その理由次第では、助力しようと言っているのだよ」
 深海の魔女の目が深い蒼を湛える。その底知れない闇を目の当たりにし、ジェスターと呼ばれた男は手に汗を握った。
 いや、彼女だけが恐ろしい存在ではなかった。後ろに控える二人にも、同様の薄気味悪い底知れなさがある。見目に貧弱な少年ですら、その同様のモノを感じた。
 深海の魔女。訊くによると文明崩壊期以前の遥か昔より生き続けている妖怪と語られている。
 そんなバカバカしい話はないと思うが、それでも深海の魔女という生きる伝説が火のない煙の如く語られる道理がない。彼女は船を沈めると言ったが、それだけでは済まないことが容易に想像できる。そして、その付き人がただの人間であるわけがない。
 ――もしかしたら、自分はとてつもない間違いをしでかしたのではないだろうか。ただ彼女らの気紛れで生き延びているだけで、本当は既に死んでいてもおかしくない状況なのではないか?
「何が、望みです……」
「望みは、そうだな。美味い食事を御馳走してくれ。この船の本来の行く先には美味いモノが沢山あると聞くからの」
 ネネの意地の悪い表情に、ジェスターは安堵とそして足元から何か得体の知れないモノが這い上がって来るような、そんな言い様のない不安を覚える。
 ――なるほど、ディープワンスか。面白い名を付けるモノだ。センスは悪くないのだが、惜しむらくは、彼女らがその怪物特有のカエルに似た顔ではないことと、それら以上に恐ろしく底知れないモノであることだろうか。ジェスターは心中で独白する。
 ディープワンス。太古より語られる深海に棲む化け物たちの名前。それが彼女たちに付けられた名前だった。


 趣味の悪い恰好をした男は、丁度俺とティルの間に立っている。埃っぽい爆風は彼の純白のタキシードを汚すことはなかった。
「それにしても、相手は子供か。この者どもが手を焼く訳だ。まさか子供、しかも武器も抜いていない相手に得物は出せまい」
 アラツキという男は笑う。そして、一息のうちに俺の目前へと迫っていた。
「何処から見ても男。せめてカズト並みの容姿をしていれば痛い目を見ずに済んだのだが」
「え? あ、あいででででええええっ!」
 直後、頭が下、足が上にと、俺の身体が反転した。
 頭から床に落ちるところだった。だが、その直前で男に足を掴まれ、顔は床を擦る。そのまま頬を踏まれるという言葉では言い表しがたい体勢を取らされる。腰がキツイ。
「お嬢さん、この男の連れだね。この男の頭が真っ赤なブサイクになる前に、投降してはくれまいか?」
「とぅっ!」
 男の言うことを無視して殴りかかるティル。頬がっ! 腰がっ!
「お前、仲間を何だとっ!」
 本当にその通りだ。そう言いながら俺を盾にしてティルの拳を受け流したお前も同罪だ。
 俺のことは役に立たないと判断したのか、そのままティルに向かって放り投げられる俺。勿論、ティルは受け止めることなく避ける。そして俺はそのまま床に落ちる。人間の扱い方じゃない。
「全く、最近の若者はこの程度で動けなくなるのか。情けないモノだな」
「同感」
 あんな体勢で背中に猪の突進並みのパンチを貰ったら、誰だってこんなに風になるからな。腰の骨が折れなかったのが不思議なくらいだからな。その辺、理解しような。
 背中全体に多大なダメージを受けたモノの、折れたりしてはいないようだ。少しずつ痛みが引いて行くが、それでも簡単に動けるようなダメージではない。
 横目で二人の様子を伺う。構えることすらなく対峙する二人。最初に仕掛けたのはティルだった。彼女はその低身長を活かし、相手の懐に潜り込む。しかし、それは先ほど使った手だ。その様子をアラツキは見ていたのか、それとも先読みしたか、ティルの駆け出しのタイミングに合わせ、膝を突き出す。綺麗なカウンターだ。相手の力を最大限利用することを念頭に置いている。膝の位置は、丁度ティルの額だ。
「痛い……」
 そう言いながら額を抑えるティル。しかし、悲惨なのは膝を突き出したアラツキだった。
「おごぅ……膝が、砕ける」
 こいつら……。ティルはまだしも、自分で膝を突き出しておいて痛がるアラツキは一体何なんだ。
「やるな、貴様……」
「お前こそ、中々の堅さのおでこだ」
 俺にはそんな台詞が出てくるようなせめぎ合いには見えなかった。こいつら、ふざけているのではあるまいな。
 ティルが踏み出す。相手はティルより遥かに大きな図体を持つ男だ。本来ならば勝負にすらならない体格差だ。それを可能とするのが、ティルの機動性、視界外に逃れる身のこなしだ。素早い動きと相手の虚を突く先読み。それが彼女の武器である。
 みぞおちを狙うボディブロー。しかし、その拳は相手のボディを撃つことなく止まる。ティルの拳の先には何かガラスの壁の様なモノが打撃を阻んでいる。
「イージス……あなた、魔術師……」
「ああ。まあそんなところだよ」
 人は他の魔物などに比べ、魔力の貯蔵媒体となるエーテルを多くその身に宿している。魔力は二つあり、地球の大気に満ちるマナと、そのマナを人体によって変換後貯蓄したオドに分けられる。マナを体内に取り込み、変質させることによって人が扱うことのできるオドは生成される。その過程で発生した不良魔力が放出されている一帯を『魔力緩衝帯』と呼ぶ。魔力緩衝帯には衝撃や熱といったエネルギーを分散させる力があり、アラツキが用いたのはこの魔力緩衝帯を発展させた『イージス』という魔術である。
「まあ、私は魔術師ではないのだよ、正確に言うのならね」
作品名:猫の妖精と魔法技術者 作家名:最中の中