猫の妖精と魔法技術者
「お前らうるせぇっ! 俺たち海賊だぞっ! 怖くないのかよっ! 銃突き付けられてんだから、少しは怖がるとかしたらどうなんだっ! しまいにゃ泣くぞっ!」
そう叫ぶのは見張り番をしていた海賊一味の一人であった。
この時点で既に三人いた見張りのうち、二人は疲れた顔で隅のソファに座り込んでいた。力なく項垂れており、残りの一人も何か哀愁の様なモノが漂い始めていた。
「海賊なんて今日日流行らないと私は思うのよぅ。海賊だろうがなんだろうと、頭を使わないと、生き残れない時代だと思うが、その辺どうやの?」
「そもそもお前、見張りって言ったら三下も三下。一番に気絶させられる役どころじゃないか。しかも、そのあと生死不明で最後に登場人物が勢ぞろいしようと、画面の端にすら映らないぐらいの雑魚だったりするな」
「……おじさん、ムショクって楽しい?」
三人目、撃沈。揃いも揃って、部屋の隅のソファに座りこむ。なあ、俺たち、海賊だよな。ああ、海賊だよ。この格好、まごうことなき海賊だよな。知ってるか、あいつらに刃向った奴ら、軒並み再起不能だってよ。多分アレだぜ、俺たち生贄なんだぜ。ああ、こいつらが何かしようモノならば、小僧諸共死んでこいってことだぜ。そうだな、部屋に入った途端に鍵を閉められたからな。世知辛いなぁ。田舎に帰りたいなぁ。
ぶつぶつと呟く三人の男たち。カズトは週末のバーカウンターをそこに見ているような気がした。
「で、どうするの? 何かおっぱじめるつもり?」
カズトはネネに耳打ちする。
「しばらくは様子見だよ。どういう形であれ、君を人質に取られているようなモノだからね」
そうだ。この集団のウィークポイントはカズト少年だろう。魔法を使えなければ、身体もそう逞しくはない。おまけに片腕が不全。カズトは自分が足手まといであることを理解しているが故に、動きを取れないことを苦々しく思っている。
彼ら海賊の不運な点と言えば、彼ら深海の魔女率いる?ディープワンス?が船に同乗していたことだろう。しかし不幸中の幸いがあった。それはディープワンスのウィークポイントであるカズトをいち早く押さえたことだろう。
カズトを人質として押さえながらもこうして彼らと共にさせているのは、カズト奪還という無茶な行動に対する牽制。そして、行動を制限する最後の手として、彼らの部屋に自爆兵を同居させる。ネネやアラツキの行動を制するのは無理であるが、足手まとい一人を道連れにするのなら三人という人数は妥当とも言えるだろう。
彼らの身体に描かれている模様は魔力によって刻まれた魔法印であり、何らかのアクションを起こした時、それは起動する。人間爆弾か、それとも呪詛を吐き出すか。爆弾ならまだ生還の可能性もあるが、特殊な呪いならばネネやアラツキはさておき、真人間であるカズトの命はまずない。
「まあ、ここは、何か事が起こるまで静観するのが正しい選択――」
『あっちだっ! あっちに逃げたぞっ!』
『相手は子供だっ! 武器は使うなっ! 我々の名に傷が付く!』
『既に八人やられてます。全員、気絶させられてますっ!』
『B班、通信途絶っ! E班、応答願いますっ!』
『やっぱりバレたじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
『おかしい、これなら大丈夫だと、思ったのに……』
「何か、事が起こるまで静観するのが、正しい、選択……」
ネネの呟き声は喧騒に吸い込まれて消えた。
「やっぱりバレたじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
作戦の立案者は首を捻る。
「おかしい、これなら大丈夫だと、思ったのに……」
「そうだなぁっ! お前が肝心なところでくしゃみをしなければなぁっ!」
船内を走り回る。俺は脚力に自信がある方だが、それでも人数比逆転鬼ごっこは堪える。
「だから、一人ずつ、斬り捨てて、行った方が、楽……」
「だからそれは駄目だってっ!」
背後を振り返る。追い掛けてくる奴らは全員空手。ということは、少なくとも殺されることはないだろう。しかし、俺たちが武器を抜いてしまったら、それは殺し合いになってしまう。何も、自分たちから火種を巻く必要はない。
「埒が明かん。別れるか?」
「それは、良くない。こんなに数が多いと、囲まれて、終わり」
まあ、狭いしな。その割に隠れる場所はそんなに多くない。
「……殺さなきゃ、いいの?」
直後、ティルは身を翻す。追い掛けてきた海賊たちの足元に潜り込み、視野外からの蹴りが海賊一味ことモブその一の顎を捉える。その一撃で気絶してしまったのか、動かなくなるモブその一。死んでないだろうな。
「みねうちなり……」
脳震盪って死ぬこともあるんだが……。峰撃ちもクソもあったもんじゃねぇ……。
果敢に掴み掛ろうとするモブその二。が、その腕を取られ放り投げられる。それに巻き込まれてもう一人。ついでにもう一人。クソ、駄目だ、動きが速くて目も解説も追い付かない。
歩いた後はペンペン草の一本も生えない、という言い回しがあるがこれの場合はなんなんだろうか。死屍累々とでも言っておこうか。出来上がっているのが死体ではないことを願いたい。
「あー、生きてる、よな……」
痙攣しているのが余計に怖い。死ぬ一歩手前じゃないよな。
彼女が歩いた後は、人の道が出来上がっていた。こういうのを化け物と言うのだろうか。
黙々と道を作って行く彼女を茫然と見つめていた時だった。俺の目の前を爆風が奔る。爆風の中には、白のタキシードに黒マントという、妙にイカレた姿の男が立っていた。
「こんばんは、少年少女。私の名はアラツキ。訳有って助太刀する。――自称海賊側にな」
アラツキが壁を壊してヴァイルたちの前に現われる少し前のことだ。
「お前たちのリーダーに会わせろ」
部屋の隅のソファでへたり込んでいた海賊たちに向かい、ネネはそう言った。
「何で会わせなきゃいけねぇんだよ。大人しくしてりゃぁ、だぁれも傷付きやしないんだ」
「良いから会わせろ。さもないとお前らが何かする前にこの船ごとお前らを吹き飛ばすぞ」
ネネの脅迫に屈したのか、見張りのうち一人がこの部屋を離れた。
「困るのは俺たちや海賊もそうだが、この船の持ち主と僅かながらも乗船している乗客が一番割りを食うってところがこの話のミソだ」
端から見ていたアラツキはカズトに耳打ちする。
「流石に船を沈めるとか言われたらリーダーを出すよ。相変わらず滅茶苦茶言うけどね」
リーダーを名乗る男は五分ほど経って現われた。
海賊という割には妙に小奇麗で華奢な男だ。帯剣している剣は装飾過多。趣味は悪く見えないが、剣として機能するか分からない。物腰は柔らかく、海賊であると言われなければ気付かない。
「なんでしょうか、私は忙しい身なのですが?」
「いや、さ。取引をしようと思うてな」
ネネの一言に、男は眉をひそめる。
「貴方が言うのは取引ではなく脅迫です」
「分かってるじゃないか、さしあたってはまずこのカズちゃんにお前の夜の相手をさせようかと思っているのだがの」
「ちょっとまてぇぇぇぇぇっ!」
カズトは、その矮躯からは想像できないほど大きな声を出した。
「それは聞いてないよっ! 何で僕が男の相手をしなくちゃならないのさっ!」
作品名:猫の妖精と魔法技術者 作家名:最中の中