猫の妖精と魔法技術者
一般に魔力によって発生する法則を魔法と、その応用によって築き上げられたモノを魔術と呼ぶ。魔力緩衝帯などに代表される魔法を扱えるモノを魔法使いと呼び、魔法を発展させた魔術を扱う者を魔術師と呼称する。だが、アラツキの使ったモノは紛れもなく魔術、『人為的に能力を設定された魔法』であった。
アラツキは突き出されたティルの拳に手を添える。
「正確に言えば、君たちが『魔人』と呼ぶモノだよ」
「魔、人…?…」
やばい。魔人はやばい。それだけは今ここで、遭遇しては行けなかった。
アラツキはティルの拳を掴み、引き寄せた。直後、アラツキを取り巻く空気がざわつく。その様子を見て思わず立ち上がる。アラツキの魔力緩衝帯が活性化している。空気中の淡い光がアラツキとティルを包み込んで行く。途端に、動かなくなるティル。
「……っ!」
不味い。ティルが動けなくなるのは不味い。走りながら銃を抜く。背中が痛む。銃なんてもん何処まで役に立つか分からない。魔力緩衝帯は推進力などのエネルギーを減衰させる効果がある。銃弾は推進力を減衰させられたうえに、その貫通力も分散されてしまう。更に銃はなまじ作りが複雑な上に自身が放出する強い衝撃にも耐えなければならない為、魔力緩衝帯やイージスに効果のある魔法処理を行うのは至難の業だ。その為、銃は生産性に富むモノの、弓や剣に行える魔法処理が行えず、人間相手にはあまり効果がない武器とされている。
――しかし、魔力緩衝帯の中に潜り込めば銃はその安定した火力で威力の減衰を殆ど無視することができる。
「お前、面白いっ!」
銃弾が魔力緩衝帯を通り抜けることで威力が削られるのなら、魔力緩衝帯を打ち抜ける貫通力を持つ銃、例えばそれこそAMライフルを使うとか、あとは通り抜ける時間を短くするかすればいい。要は、魔力緩衝帯やイージスを打ち抜ける火力で撃ち抜くか、その中からぶっ放せばいい!
アラツキの懐に潜り込み、その顎に拳銃を突き付ける。コロンだろうか、何か甘い匂いがする。
「勇者であるか、それともただのバカなのかはさておき、中々の俊足を持ってるようだな」
「うるさい……おまえ、一体何をした? その減らず口を大事にしたければ、?相棒?を元に戻せ!」
「そんなことをしたら、仕返しとばかりに私がこの子に殴られてしまうじゃないか」
なら、この引き金を引くだけだ。何、魔人ならばちょっと治り辛い怪我で済む。引き金に力を込める。
あれ、おかしい。指に力が入らな……。
「悪いね、これが魔人なのさ。その身一つで、前準備もなしに魔術を扱う。才能の塊、それが魔人だよ」
目が霞んできた。気持ちが悪い。甘い匂いが気持ち悪さを助長する。
「少し休むが良いさ。何、心配はするな。子供に手を出すほど外道ではないさ」
その部屋に報告が入ったのは、明朝を過ぎた頃だった。
パイプ椅子と折り畳み机で設えた簡素な会議室だ。そこに七人ほどの年齢、民族ともにバラバラの男女が、部屋の中央に鎮座しているホワイトボードを見つめている。
「海賊か。やはり隊長以上を軍人を同乗させるべきだったか」
「そもそも、あんな方法で剣を十一番に運び込むこと自体、無理があったんですよ」
「ですが、剣を艦隊規模で持ち運ぶのもまた機密保持的や剣の運搬そのものにも高リスク。あの運搬方が最善ですよ」
ここはイーシリア共和国中央司令部軍用採掘品管理室。軍用ギフトの運用を扱う部門である。今回の発掘品の運用はこの部門が担当することになっていた。
「とにかく、剣が他の国に渡るのは不味い」
「海軍を出しましょう。必要ならば、?アヌビス?の使用も視野に入れて」
「已むを得ぬ、か。剣の奪還、不可能ならばアヌビスによる破壊を目的とした『軍事演習』を行う。たまたま軍事演習をしていたところに海賊がいただけのことだ。西洋連合にはそれで良い訳が立つ」
男は部屋の下手、戸口に立っていた赤髪の少女に語りかける。
「というわけで、よろしく頼むよ、リリナ」
「――ええ、必ず良い結果を持ち帰って見せますわ」
3/「――ええ、必ず良い結果を持ち帰って見せますわ」――了
作品名:猫の妖精と魔法技術者 作家名:最中の中