猫の妖精と魔法技術者
「あんまりベタベタ触んじゃねーぞ。ヘタに扱って起動させてしまったら、面倒だぞ」
「恐ろしい話をしないでくださいよ。俺、まだゴーレムの実戦経験ないんですから」
そう言いながら、男はホバートラックから降りる。
「とりあえず、操舵室に戻るぞ。見たところ積み荷には目標は積んでないみたいだからな」
「しかし、本当にあるんですかね? あんなもん、聖槍伝説みたいな話じゃないすか」
「聖人の槍より性質が悪い。文献には姿を現すクセに、その実態は詳しく語られていない。まるで幽霊でも探してるみたいだ」
声は遠ざかって行く。俺は、息を吐く。
「た、助かった……良かった、無人ゴーレムと間違えてくれて」
しかし、落ち着いてみると今、物凄い状況なのではないだろうか。目の前には、ティルの頭がある。何日か風呂に入れなかったこともあり、頭皮から強い汗の匂いがする。
途端、頭がこちらに勢いよく迫る。
「……嗅ぐな」
「はぐぁっ!」
顎を砕くような頭突きだった。
夜になっても船が港に付くことはなかった。この時間なら、既に行き先の港に入港している時刻だ。ゴーグルを下ろすと、そのモニターの端に時計が表示されている。これによると、じきに現地時間零時だ。闇に紛れるのに都合がいい。
俺はハンドガンを手に取ると、残弾を数える。あんまり弾丸に残りがある訳ではないが、ここは出し惜しみしない。あるとないとでは大きな差がある。
十一番では何故か銃の弾が発掘されない為、銃弾作成のノウハウがなくて技師が少ないという。おかげで貴重なのだが、ここは仕方ない。
予備弾倉は一つ。一つの弾倉に十五発入る。薬室内の装填弾を含め、計三十一発。できれば一発も使わずに切り抜けたいところだ。色々な意味で。
夜まで考えても、有効な作戦を思いつかなかった。しかしこのままここに居てもいずれは見つかってしまうし、情報がないのが何よりまずかった。とにかく情報と、隠れることが可能な場所を探すことにしたのだ。
トラックの小窓から外を覗く。視線の先には海賊の一味と思しき男が一人、見張りとして立っていた。まずはティルが先行する。
音もなく地面を走り、男の死角に回り込むと、頸動脈に親指を押し当てた。そのまま、男は気絶。頸動脈を親指一つで固めることで意識を落としたのもそうだが、ついでに声が出ないように喉も抑えているのが恐ろしい。
「これで、少しの間なら大丈夫……」
男を拘束すると、身ぐるみを剥ぐ。装備を確認する為だ。
まずは手に持っていた軽機関銃。上着を剥ぐと、銀色に輝く胸当てが顔を出す。脇のホルスターには拳銃が収められており、腰には片手剣という武装っぷりだ。男を拘束して貨物の中に突っ込んでおく。これでしばらくは大丈夫だろう。
「本当に、殺さないで、だいじょうぶ?」
ティルは言う。俺は男が携行していた軽機関銃を近くの木箱に隠しながら言う。
「殺した方がいいのは分かる。分かるけど、人を殺すってのは最後にしたいんだ」
そう、とティルは言う。その瞳は確実にその甘えを蔑んでいたが、面倒だったのかその蔑みの内容を口にすることはなかった。それが少し有り難かった。
道中、五人仕留めた。全員が似たような装備で身を固めていたことから、武器庫にはそれほど有用なモノは残っていないと判断した。大方、この高そうな装備はこの船の積み荷を鹵獲したのだろう。
「勢いでここまで来ちまったけど、この先どうしよう」
中央部に向かうにつれ、誰かとエンカウントする確率が増えている気がする。一度に三人までならまだどうにかなるだろうが、それ以上は流石に辛いだろう。なんせ俺が完全な足手まとい。今はまだ彼女一人で俺の面倒を見ることができているが、これから先それも怪しいだろう。
「古来、こういったすにーきんぐみっしょんでは、このようなモノを、使ったという」
彼女が持ち出したのは、二枚の固い紙の間に緩衝材を敷き、強度を上げて物品の運搬などに用いる紙……いわゆる段ボールだ。
「スパイに代表される間者は、この紙を用いた箱に隠れて、数々の修羅場をくぐり抜けたという、話……」
「いやいやいやいやいや……」
多分それは失敗するから。通路の途中にぽつんと置いてある段ボール箱なんて、不審がるに決まっている。
「でも、ほら」
ティルは通路の奥を指差す。そこには、缶詰を収めた大量の段ボール箱が鎮座していた。
あれか、これは木を隠すなら森の中、ということか。
「だいじょう、ぶ」
多大に不安だ。
小さな魔女はぼやいた。
「やっぱ個人的にはアラツキ×カズちゃんだと思うのだよ」
小さな付き人は怒鳴った。
「止めてよっ! 特に実在の人物を挙げるのは!」
その少女は深海の魔女と謳われる高名な魔術師である。本名は当人しか知らないが、ここではネネと名乗っている。瞳と髪の色が深海の黒色。時折光の加減で蒼く輝いてみえる。
傍らの少年は、カズトと名乗っている。少女の様なあどけなさが特徴的で、右腕を悪くしているのか白い布で首から下げている。
双方ともに東洋人の様であるが、十一番行きの船では珍しくない組み合わせである。
「いや、何。私は構わないぞ。可愛ければどちらでも……」
この男はアラツキと名乗っている。銀髪が特徴的で、顔付きは白色人種に近いが、また別の人種の特徴も持ち合わせているようにも見える。
「あんたには矜持というモノがないのか……」
「そんなこと言ってると、私好みの発情期真っ最中のネコミミ娘に姿を変えてやるぞ」
「あんたが言うと冗談に聞こえないよっ!」
アラツキもまた、魔術師である。本人曰く、「魔術のそれとは根本的に違う」と言っているが、便宜上そう名乗っているという。彼なら人の性別を変えて更にネコミミとやらを生やすことも造作ないだろう。
「違う、それは違うっ!」
「ネネちゃん……」
「カズちゃんはネコミミよりウサミミの方が似合う!」
「ネネちゃんっ!」
その小さな手でガッツポーズをかましながら声高らかに叫ぶ魔女。身体は小さくても考えることは親父か思春期真っ盛りの少年だ。
「因みに、ウサギって年中発情期って話。そう考えるとそこはかとないエロさがあるよね」
「そんな豆知識聞かなかった方が良かったよっ! 僕これから自分の名前を見る度に落ち込みそうな気がするよっ!」
「因みにウサギは一発妊娠っ! がっぽし頂かれると同時に排卵するからまず外れないのだとかっ!」
「もうマトモに自分の名前が見られない!」
彼の名前にはウサギを意味する字が混ざっているのだ。彼の名はある国の言語にて、一匹のウサギという意味を持つ。
「むぅ、ウサギか。なるほど、それじゃあ動くなカズト、今から激萌えウサミミ娘に変態させてやる。少しでも動くと魔物になるかもしれないから絶対に動くなよ」
「躊躇なく人の身体を弄ろうとしないでよっ! あとさらりと怖い事を言うな!」
「発情しても私が責任を持って性欲発散させてやるからの。相手が男じゃなければ妊娠もしないっ! だから安心してエロエロウサミミ娘になるがいいよ」
「止めてよっ! 特にその指の形っ! そんな指の形をする女の子、周りからしたらどん引きだからっ!」
作品名:猫の妖精と魔法技術者 作家名:最中の中