蜜柑の実る頃は
その年の冬は、珍しく雪がよく降った。冷え込みも厳しく、傷めている泰造の脚にも優しくはなかった。
ある朝、泰造は、雪を被った蜜柑の木の雪を掃いに庭へ出た。掃っていると、ひとつ木に残して置いた実が千切れ落ちた。
「あ、しまった。ごめんよ」
泰造は、その実を家へと持ち帰り、食べることにした。
「半分食べるか?」
妻に差し出したが、体調が悪いと言われた。泰造は、ひとりで食べた。
年の暮れが近づき、泰造は、町での仕事と家の事で忙しくなった。
だが、身体の様子が違った。身体が楽に動く。いやそれは、脚がとても楽になったというべきことだった。
痛みもだるさがないだけでなく、動かすことすら気にならないのだ。
その夜、疲れて、早寝した泰造は、夢の中で実花を見た。何も話さないが、実花が明るく微笑むのだった。
翌朝、目覚めた時には、そんな夢を見たことなど、忘れてしまったことすら覚えがなかった。
それからも、何かしら起きることを泰造は感じていた。
翌年は、泰造の妻のつわりが酷かったときも。
その翌年、生まれた子が、高熱が続いたときも。
泰造の母が、畑でぎっくり腰で、長く寝込んだときも。
庭の蜜柑の実を食べると、不思議なことに 快方に向うのだった。
正月を迎える仕度で注連縄飾りをつけていた泰造は、ひとつ余ったものを手にして辺りを見回した。
「あれ?数を間違えたかな」
泰造は、その注連縄を蜜柑の木に巻きつけながら、木に話しかけた。
「寒いね。正月も間近だ。今年の蜜柑は、甘かったね。とっても美味しかった。息子も実が食べられるようになって、口にいっぱい頬張っていたよ。ねえ、新年を迎えたら……新年を迎えたら、実花のこと何かわかるかな?あそこの両親もとても寂しそうだ。脚が悪くて、嫁に出すのも躊躇っていたからね。でもとても大事な娘だったんだよ。とってもいい子だった。内緒だけど、僕は、好きだった。いつか、お嫁さんにしたかったな。ははは。そんな事言ったら、妻に逃げられてしまうかな。でも逢いたいよ……実花に……さてと、来年もこの庭でいっぱい蜜柑を実らせてくださいね。そうだ、いっぱい生ったら、実花の家にも届けてあげよう。きっと元気が出るさ。ね……。きっと実花の思いも届くさ」