蜜柑の実る頃は
季節が移ろい、庭先の蜜柑の木に実がなった。小さな蜜柑が数個。
泰造は、木に感謝しながら、収穫した。木にひとつだけ残して。
ひとつは、先祖の仏壇に。ひとつは、寝込んだままの父に。疲れた顔の母に。そして、自分と妻と。
甘酸っぱく、瑞々しいその蜜柑は、活き活きと身体に沁みるようだった。
それは、それは、不思議なことだった。
寝込んでいた泰造の父が、布団から起き出してきたのだった。まさに正気を得たように、足元がしっかりしているのだ。
泰造は、会社に連絡を取り、父を病院へと連れて行った。
末路を示唆した担当の医師すら、それは驚きだった。
それから、泰造の父は、僅かな時間だが畑で妻と過ごすことができるようになった。
その年は、それっきり、蜜柑が生ることはなかった。
翌年、また蜜柑の木に白い花が咲いた。
泰造は、虫はつかないか、陽射しは当たっているかといつも気にかけていた。
「泰造さん、お茶が入りましたよ」
泰造の妻が声をかける。
「泰造さん、脚の調子はどう?梅雨時になるとやっぱり痛む?無理なさらないでね」
「ああ、ありがとう。医者は完治したと言っているから そのうち楽になるさ」
泰造は、脚の傷が疼くたび、脚を擦りながら思い出さずにはいられなかった。
(あの日、僕が、実花に逢っていれば、実花はいなくなったりしなかったんじゃないかな)
(何処に居てもいい。せめて僕には連絡をくれないだろうか……勝手なことだね)
蜜柑の花が ひとつ散った。
その年は、蜜柑がまた生った。
泰造の母と妻が、町へと出かけ、留守番をしていた泰造は、ひとつだけ少し大きく生った蜜柑をもいだ。陽射しが気持ちよく照らす中、木に凭れながら皮を剥いた。
「はい、実花。半分こ……懐かしいね。早く帰って来ないと、実花の分も泰造兄ちゃんが食べちゃうぞ……なんてな」
『ずるいよ』
そんな実花の声が聞こえた気がした。もちろん空耳だった。