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蜜柑の実る頃は

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挙式の日が迫り、泰造の家に婚礼家具が運び込まれた。
「おい、気をつけろ」
家具を運び込むときに 庭先に植えてあった木が折れた。
「毎年、美味しい無花果が生っていたのにね」
その年の実をつけるどころか、みるみる枯れていってしまったのだ。
婚礼の日を前に枯れた木は、掘り出すことになった。大きく開いたその穴を見つめていた泰造は、代わりにあの場所に生えていたほっそりとした木をそこに植えることにした。
実花と待ち合わせしたあの場所にあった、いつからかわからず育った木だった。
 泰造の家の庭先に植えられた木は、葉が茂り、五枚花弁の白い花が咲き始めた。
「泰造、蜜柑の木だったんだね。まだほっそりしてるのに、たくさん花が咲いて」
「そうだね。父さんに食べさせてやりたいな」
「そうね。でもこんなに細っちょじゃ無理ね。まあ今年は花だけでも見せてあげられたから、きっと父さんも……」
泰造の母は、伴侶との別れを噛みしめるように口を噤んだ。

村の神社で祝言を挙げ、家に戻ったふたりは、庭先で写真を写した。
初夏のような暖かな陽射しが、白無垢の幸菱模様を煌めかせた。
隣に沿う泰造の紋付袴姿も凛々しく感じられた。その黒い羽織の肩に蜜柑の白い花が乗った。
「あ、花弁が」
「本当だ。よくこんなところに乗ったね。このまま写してもらおうかな」
薫風が、吹いた。
「あ、かんざしが…」
泰造の妻は、角隠しが取れかけ、仲人の奥さんと先に家へと入って行った。
庭に残った泰造は、その細い幹に手を当てた。
(蜜柑……実花さん…今、何処に居るのですか?こんな日に思い出すのもいけないけれど、見て欲しかった。紹介したかった。できれば……)
「泰造ー。いつまで花嫁さんを待たせておくつもりー」
「ああ、今行きます」
泰造は、母の声にその場を離れた。またひとつ 花が散った。
 
 泰造は、結婚後も良く働いた。妻はそんな泰造を優しく見つめ、家事を努めた。
泰造の母が、看病と畑仕事で疲れても 泰造の妻のおかげで家は落ち着いていた。

作品名:蜜柑の実る頃は 作家名:甜茶