蜜柑の実る頃は
ある秋の夕暮れ。アキアカネの飛び交う空を見上げる実花の姿があった。
その姿に引き寄せられるように、実花に近づいていった。
「実花。こんばんは」
「あ、泰造兄ちゃ…泰造さん、こ、こんばんは」
実花は、少し離れた。
「久し振りだね。もう実花と話せないかと思ったよ」
「きっと、まだ駄目……」
「そうかなぁ。もういいんじゃないのか?あ、これ」
泰造は、会社で貰った蜜柑をポケットに忍ばせていたのを実花に差し出した。
「ん?蜜柑。あったかいよ」
「ずっと、入れていたからね」
「食べてもいい?」
「ああ、いいよ」
実花は、細い指先で蜜柑の皮を剥くと、半分を泰造に渡した。
「はい」
「懐かしいね。半分こ。いつも僕が少し大きくて、チビな実花は……ま、それで良かったのかな」
「そうなの?何だかずるいな」
久し振りの実花の笑顔は、変わらなく明るかった。
「う、」
「どうした?」
「種、飲んじゃったみたい」
「何だ、種か。そんなの糞すりゃ出るさ」
「もう、泰造兄ちゃんったら、下品」
「そんなこと気にする歳になったのか。ははは」
泰造は、実花を見つめた目を、日が暮れた空に向けた。
「……泰造兄ちゃんか……」
「……」
実花は、黙って泰造を見た。
「秋祭りの夕方に此処で待ってて。あ、実花が暇ならでいいから」
「いいの?」
「何気にしてるの?夜だし、祭りだよ。誰も気になんてしないさ。じゃあな」
泰造は、片手を上げて、家へと帰って行った。