セレンディピティ
遼の頭は理解を超えた。そして空を見上げながら、遼の口からうめき声が漏れ始め、月が雲に隠れると同時に、考える事を止めた。それは、自分の体に委ね、能力に支配させる事となる。
『ぐがあ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁああああああああ゛あ゛ーー!』
目の前の木に駆け登る遼。兵隊達は遼を見失う。物音に反応して銃撃し続ける。暗闇の森林。月明かりもない世界。機関銃の銃撃。瞬間に見える各々の顔。見 えない相手。それなら逆も同じ条件。近付けば一瞬で蜂の巣。依頼された傭兵達。すでに報酬より興奮。珍しい獲物は仕留める者の名誉。普通の思考ならではの 数ある結論の一つ。だが、フェムの光は、無意識の怪物にとって、安全な標的。
『ギャアアアアァァァ』
死刑囚のそばに隊員の首が飛んでくる。ハルは手首から血を流しながら、死刑囚に寄り掛かり、ぐったりしている。
『Hey.……Young woman…After all were you going to give it up, and to commit suicide? It does not seem to be me who I protect the person, and die……However……It is better than I wait for the death penalty! I decided a way by oneself……Is this a feeling to protect a child?It may ……not ……be bad……(おい……女……やっぱり諦めて自殺する気だったのか? 人を庇って死ぬなんて、俺らしくもない……だが……死刑を待つよりマシだ! 俺は自分 で道を決めた……これが子供を護る気分ってやつか? 悪くない……かも……な……)』
全員の標的が遼に変わり、死刑囚はその場に倒れ込む。隊員達は一斉に上方へ銃撃。
『ぐがあ゛ぁ……』
隊員は手応えを感じる。
『あ゛あ゛あ゛ぐぁぁぁ』
木の枝から勢いよく飛び降りてくる遼。並んだ隊員二人の顔を掴み、地面に叩きつける。
『ぐわわぁ!!』
隊員の上の歯と下の歯を掴み、一気に広げる。
『べがあ!』
その凶行に慌てたもう一人が立ち上がり、逃げるところを後ろから首に噛み付き、引っ張るように噛み切る。
『っあ……ぅあ……ぅあ、あぁぁ……』
残り二人の隊員は、たじろぎながらも一斉に集中銃撃。隊員を盾に近寄る遼。所々銃撃を受ける。
『ぐがぁっがぁっ』
遼のスピードが落ちる。両足に撃たれ足が止まる。倒れ込む遼。
『があ゛あ゛あ゛あ゛』
ニヤつきながらとどめを刺すため、近付こうとする隊員達。
『上出来よ……遼……ハァァアア!』
矢のようなスピードで隊員の目の前に現れるハル。隊員はまだ機関銃を上げてもいない。ハルはにこやかな笑顔を見せて、スタンガンの火花を二回散らす。
ハルは隊員が持っていた二つの手錠で、木を挟めて二人に手錠を嵌めた。左手首と撃たれた左肩の出血を布で縛る。
湿った風邪が吹く、月明かりが消える間際、微かな穏やかさを感じる表情を浮かべる死刑囚。名も知らない死刑囚。横たわらせて、残る右手を胸の位置に置く。
『ありがとう』
気を失っている遼を右肩で担ぎ、フェムの道を歩く。すでに大量の血も流し、能力があるとはいえ、遼を担ぎ山道を進むハル。体力の限界が近付いていた。遼は間もなく目覚めた。
『ん……ハル……僕は……生きて……』
遼を降ろすハル。
『はぁ……はぁ……はぁ……』
遼は体中の激しい痛みに叫びたい気分。けれど撃たれているのはハルも同じと思い、声には出さなかった。遼は死を覚悟した。
『ハ、ハル……能力が?』
『自分を撃って……はぁ……出血多量で……はぁ……死期を……はぁ……つくったの……』
自分が死ビトとなり死刑囚の能力を奪ったことを理解した。
『あは……はは……はは……君は……本当凄いよ』
『ここを……はぁ……抜け出してから……褒めて……』
雨が降ってきた。遼はもうどうなってもいいと思った。ハルは再び遼を担いだ。
『ハル? もぅ……いいょ……』
『ここから逃げる……可能性……フェムの……道が……消えた……はぁ……けど……あっちの……はぁはぁ……大きな木に導いてる……はぁ』
大木まで遼を運ぶハル。そして大木の下には、自然に木が拡張したと思われる大きな穴が空いている。
『はぁ……本当に大きな木……桜かしら……まさかね……はぁ……二人くらい……入れるわ……』
遼を先に入れ、横たわらせ、ハルも隣に座る。
『あり……がとう……』
ハルはタバコを吸い、雨を眺める。遼は呟き始める。
『きっと……もうすぐ……僕の人生は……終わるん……だね……でも……本当は……もぅ死んでるはず……だったし……良かったの……かな……こんな死に……かたで……意味が……あったの……かな』
『あんた……こんな事で諦めてんじゃないよ……この……』
もっと言いたい事はあったが、ハルは言葉を止めた。
『僕は……君みたいに強くない! ただの学生で……就職考えながら……友達と……だらだら遊ぶ事しか……考えてない……ただの……弱い人間なんだょ!』
遼は横を向き大木にしがみつきながら泣きはじめる。
『僕は……この大木みたいに……雄大で……静寂で……穏やかな存在になりたい……グズッ……僕は静かに生きたい……退屈でいい……同じ場所でいい……きっとそれが僕の理想の人生なんだ!』
『あまり叫ぶな……傷に響くよ……』
ハルは心が弱った遼に掛ける言葉が見付からない。自分に対して強がる言葉を呟く。
『まだ私は死ねない……こんな所で……そのうち羽でも生やして飛んでやる……』
遼の様子が思わしくない状態に見える。次の瞬間には、唸りは寝息に変化した。ハルはずっと借りていた上着を脱いで、遼に掛けようとする。
『ん?』
上着のポケットに何か入っているのに気付く。取り出すと、それは携帯電話だった。ハルはすぐ触り始め、着信履歴を押した。自分の幸福へ向かう道を、自分の能力で足掻きもがいた結果、更に自分を幸福へ導く言葉。
『serendipity』
遼への連絡用に、本屋に置いていた携帯電話だった。
『これって……あはははぁ~!! ま~さ~し~く! Lucky!!』
◆◆◆
上空に何機もヘリコプターが飛んでいる。館の周りでの警察隊の騒動や、ヘリコプターの爆発などでおお事となり、調査探索のため国全体が動いている。
ハルは遼の上着から見つけた携帯電話の着信履歴から発信を押す。
『はい』
『おじいちゃん?』
『春枝かい? 無事で良かった』
『そうでもないの、私より、彼は相当まずい状態よ』
『今、上空におそらく飛んでおるヘリの1機に話はつけてある。直接ここにくるんじゃ! その携帯は緯度、経度がわかるはずじゃ。教えてくれ』
言われた通りの情報を伝えると、ほどなく、軍用に思えるほど大型なヘリコプターが真上の上空に近付く。担架が降りてくると同時に、先にロープで降りてくる男がいる。ヘリの真下に近付くハル。
『パパ~』
『ハル!』
飛ぶように抱きつくハル。
『ハル! 出血が酷い、先に行くんだ!!』
『彼の方が酷い!』