セレンディピティ
遼は一呼吸つき、辺りを見回す。
『いい波長は……』
『波長? あぁフェム(FEM)の事ね』
『フェム?』
『Fortune(幸運)Electro-Magneticwave(電磁波)の頭とってフェムよ。能力者にしか見えない光のラインの事』
『なるほど……フェムね』
聞いたことのない言葉についての意味を聞いて納得すると、遼は辺りに見えるフェムを、慎重に眺める。
『どうなの? ちゃんと見えるんでしょ?』
『みんな綺麗な道じゃない……時間が経って運命が変わったんだ!』
背後に迫る機関銃の音。迷う時間は縮む命。
『一番大きいフェムでいいわ!』
『わかった……あっちだ』
遼は機関銃の音から、一番遠ざかるフェムを選択した。
『急いで逃げるよ』
走る二人。しかしハルの足どりが重い。それは先程まで叱咤された遼からすれば、明らかな理由を感じさせるほどであった。
『ハァ! ハァ! 怪我……してないよね?』
走りながらハルに聞く。ハルは眉間にしわを寄せながら、悔しさが混じっているのか下唇を噛む様子が見える。
『ハァッ! ハァッ! 能力を……奪われた』
『え? いつ? つまり死ビトがいたって事?』
『ハァッ! ハァッ! あの檻にいた男……「死刑囚」よ……司法取引をして海外から連れて来たのよ! ハァッ! 私たちを無力にする常套手段!』
『ハァ……ハァ……そんな……僕らの能力は知れ渡っているの?』
『おおやけじゃない……けど今日あなたは目立ちすぎたわ! 私たちの力は、武装国家から見れば最高の研究材料よ』
遼はなんとなく理解した。けれど、よく今まで知られてないものだと不思議に思い、責められている気分を晴らしたい気持ちもあってか、皮肉を込めた言葉を吐く。
『ハァ……ハァ……さっきの本屋の出来事みたいに……殺して生きてきたんでしょ!?』
『ハッ! 殺してないわよ』
ハルが革ジャンのポケットから取り出した物。スタンガン。火花を散らせる事で遼に理解させる。それはハルの行動には考えがあって、何も知らないのは遼自身だということが心に響く。
『私たちは無意味に殺さない……ハァッ! ハァッ! 静かに生きたいのよ! 人を殺すと……恨みが残る!』
何も言い返せない遼。同じくらいの年齢に見えても全てが自分より上回る一貫性を感じさせられることに言葉も返せない。
「慣れない体」に立ち止まる事となったハル。今まで感じた事がないほど、無力感を感じる限界。
『ハァッ! ハァッ! くそ! 私はあなたが暴走しない為の監視役! けれど遅かった! ハァ!ハァ! あなた今日、町田って刑事とやり合ったでしょ! 彼の親は警察庁の重役よ……あれだけの騒ぎになればすぐ海外まで情報は流れるわ! ハァ…ハァ……私は警察無線傍受したあと爆弾を仕掛けて二階で待ってた の! おじいちゃんが、必ずあなたが来るからって!』
――僕は……なんて小さいんだ。
遼は心から反省し始めた。これは全て自分が撒いた種だと。謝ればいいのか。抱えて走ればいいのか。遼の言葉を待つのに苛立ちを感じ始めたハル。そして自分自身の体の弱さにも。
――今は自分が走り出さなければ、それに自分が逃げられるなら……能力のある遼もきっと逃げられるはず。
反省ばかりを考えてしまう遼の心境と、遼を逃がすことを最優先に考えるハルの思考。言葉には出さず、呼吸を整えるハル。深く吸った空気を息吹吐く刹那、 「それ」は後ろから飛んできた。突然、「それ」は真横の大木に飛んできた。すでに生涯最後の息も吐き終わったであろう一見「それ」は認識と現実味を疑う。 体中引き裂かれ、四肢をもがれた、迷彩色の兵隊。遼の緊張感は一気に高まる。そしてフェムは全てぼやけてきた。
『来たわ……無意識の怪物が! 行きなさい! 私とじゃ逃げ切れない!』
自分には言えない言葉。能力のある自分を逃がす生身の女性。ハルの強さに感心すると同時に、迷いに戸惑う遼。
『ハル!……無理だ! 能力のない生身じゃ! 町田と同じ事になる!』
『あ・ん・た・と一緒にするんじゃないわよ!! こっちは生まれた時から持った能力だったのよ!!』
怒鳴るハルに遼は言葉が出ない。情けなく感じる。逃げる事も、残る事もまだ言えない自分に。
『きた!』
ゆっくりと現れる死刑囚。月光で確認出来る姿。
『ぁあああ……』
遼は初めて見た恐ろしい姿に、体が震える。これが生きている様かと目を疑うほど悲惨な姿。
『なぜ立っていられるんだ』
ヘリの爆発に巻き込まれたであろう吹き飛んだ左腕に、左半身はほとんどただれている。的になりやすい大きな体に、銃撃された無数の跡。直視出来ないその姿は、雲に隠れた月によりくすみ、暗闇と混じる。
『ずっと興奮状態が続いてるだろうから……痛みを感じるのが遅いかも……それとも完全に無意識の怪物となったか……どちらにしろ……彼はすぐ死ぬわ。でも、それは立ちはだかる敵が居なくなった時……動かないで! もしかして敵と判断されないかも』
遼はそれで済むならと思いたかったが、恐怖が増す。
『無理だよ! 僕の身体の緊張が弱まらないよ』
『だまって!』
死刑囚はすぐ近くまで来てる。遼は背中の大木と一体化となるほど体を密着させた。
『落ち着いて! 敵意を出さないで静かに観察するのよ!』
死刑囚は静かに歩いてくる。おそらく自然とフェムをとらえ、幸福の道へ不器用に歩いているのだろうと感じる足どり。目の前を通る。いや通り過ぎない。遼 の上昇する心拍は、自然な吐き気と異常な冷や汗を誘発。死刑囚は完全に立ち止まった。遼は動揺を隠す方法も、息の仕方もわからないほど混乱してくる。た だ、ただ、気配を消す事に集中した。
『Uu……』
死刑囚は地面に目が下がり、両膝をついた。そしてそのままうつぶせに倒れる。
『Uu……Uu……My body. The bad body is unexpected. I did such a severe injury ……because of you! (う……ぅ……俺の体…こんな話じゃなかったはずだ……こいつらのせいで俺がこんな目に!)』
少し距離を空けて様子を見る遼。
――苦しそうだ……落ち着いて痛みが襲っているのだろうか。
ハルが手を伸ばし、死刑囚に触れようとする。
『What? Do not touch me.…… The human being that originally I am executed anyway! I should not have taken plea bargaining……(なんだ? 何する気だよ……どうせ俺は元々死刑になる人間! 司法取引なんかするんじゃなかった……)』
『ハル!』
遼が手で防ごうとすると、ハルは邪魔に見えた手をはねのけた。ハルは死刑囚にそっと触れる。そして優しく傷付いてない部分を撫でる。
『What is it? (何の真似だ?)』
『I'm so sorry……』
ハルは一言、謝る。
『私たちが……いなければ……こんな……こんな姿に……ならなくて良かったのに……』