セレンディピティ
遼は今日一番驚いた。
『はは! あなた、何独り言いってるの~? 面白くて出るタイミング失ったわ』
『あなた……は……誰ですか?』
柱にしがみつきながら、遼は質問する。
『おじいちゃんに頼まれて「ハル」ずっと二階で待ってたのよ? あなたここから逃げたいんでしょ? でもね、あなた無理。撃たれて死ぬわ。ちなみにあなた今、気分悪い?』
――僕ぐらいの歳かな……随分早口で…この状況で元気な女性だ。いや、すぐに淡々とした冷たさ……タバコ……彼女から微かに……携帯は彼女が? おじいちゃん……あの老人の孫? 今、僕は身体が落ち着いてる気が……『いゃ……悪くない……です』
『じゃあ私が助ける訳ね。おかげで私が気分悪いよ』
『同じ力があるの?』
『じゃあ私人質だからこれ使って』
質問の答えなく、放り投げてきたのは拳銃。重さに焦り落としそうになるが、慌てた両手は上手く指に絡んだ。
『ふ! ふ……ふぅ……ぼ、僕にどうしろと?』
『あなた頭悪すぎ! んで行動遅いわ! いくわよ』
作戦なく動く遼。彼女は遼を引っ張り、玄関から出ようとする。
『あ! ん……やっぱこの方法だめみたい……却下ね、さっきの』
「何か」を凝視した様子で目を切り、たじろぐ遼から拳銃を取り上げ、後ろ腰に刺し、一人で外に出ようとする。
『あんたは裏口近くに居て!』
すでにどう挙動していいかわからない遼であるが、闇に目が慣れた事もあり、裏口は近くに感じる。気になるハルの行動。様子を探りたい遼。
『水谷遼ー!!』
スピーカーからの声。明らかな指名手配的人物。遼自身、自分がそんな大それた標的になる事に、実感が湧かない。
『もう包囲してある! 出てきなさ……』
声が途切れる。彼女に気付いたからであろう瞬間、窓から彼女の姿が見える。堂々としたたたずまい。真っすぐ警官隊の指揮者らしき人物に向かう。
『止まりなさい!』
警官は保護と容疑者の両面の可能性を視野に入れ、武装警官隊に連絡を入れる。裏口に回っていた警官隊は数人、玄関側に現れる。
『両手を上げなさい』
『はぁぁい、上げて……いいのね』
両手をゆっくり高く上げながらも、広げない両手の親指が、何かのスイッチを押す。突然の衝撃に慌ただしくなる警官隊。どこを警戒していいか迷う足どり。 爆発がおきた。二カ所。横道付近の林の中と館の表。彼女の仕込みであろうと考えるのが普通。そう思考する遼も顔を両腕で塞ぐ。防御に徹する警官隊。そして 遼にはハルの姿が見えない。声、駆け足、館の裏で何か別の動きの気配を感じる。重なる銃声。重ならなくなる銃声。すぐに音はやんだ。気配が消える。静かに 開く裏口のドア。
『早くでて』
まだ玄関側に居た遼は、戸惑い慌てながら裏口に走る。ドアから顔を覗かせた瞬間、目に映る警官隊。仰向けに、うつぶせに、確認出来るだけでも4人は倒れているが、触れずに意識は確認出来ない。
『こ、殺したの?』
『話はあと、逃げるよ』
ヘリコプターがまた上空に現れた。上空からのライトで確認される前に、表にいる警官隊がくる前に、二人は建物裏の森林に逃げ込んだ。
館の後ろ側は深い森林。開拓も始まっている事で、目立たずに逃げるルートは限られる。ハルは急いでいるはずの中、立ち止まり、深呼吸をする。度々あるその挙動に遼は不思議にも感じ、頼りがいを感じる。「辺り」を左右にゆっくり眺める。
『こっちよ』
ハルは決めた方向に一気に走り出す。
『もっと早く走れないのぉ?』
遼は急ぐように試みるが、まるで普通の自分の身体にしか感じない。
『ハァッ! ヘァッ! は……早くって! 無理だよ! ハァッ! 何・も・見・え・な・い・んだから!』
ハルは突然立ち止まった。
『はぁ……はぁ……うっ!』
遼の身体に緊張が走った。
『ハ……ハル? さん?』
身体の悪寒と緊張が一気に膨れる。遼の身体は意識より、また早く反応した。遼の頬に血が流れる。ハルが襲い掛かってきた。そばに落ちていた太い枝を掴み、本気で攻撃してくる。色んな角度からの攻撃に、遼の持ち前の反射神経以上に反応してよける。けれど暗がりの中、月明かりの僅かな視野を強く頼りに意識 している遼は、認識の限界がみえる。
『がぁ……う゛ぅ……』
ハルは木の枝を捨てた。
『緊急事態のみか……遼だった? 遼、あんた……死ぬよ?』
『ふぅ……ふぅ……ふぅ』
自分には限界以上の動き。上回れないハルの動き。遼は無敵ではないことを悟らされた。
『服脱いで』
『はぁっ?』
『何勘違いしてんのよ! あなたじゃ足手まといなのよ! 早くしな』
遼は慌てて上着とパーカーを脱ぐ。
『あたしが時間稼ぐから! ヘリコプターの逆走って! あんたは逃げ切るんだよ!!』
遼の上着とパーカーを奪い取ると、ハルはすぐに走り始めた。遼はまた一人になった。ハルの言う通り、ヘリコプターの向かう逆を走り続けた。
『ハァッ! くそっ! どうしろっていうんだよ! ハァッ! ハァッ! ま……また!』
遼の身体は緊張が走り、危険信号を出していることを感じる。
『何なんだよ! 何が!? この先は危険!? じゃあ! あっち! ん!? こっちも緊張が! わかんないよ!』
そして、その身体中の違和感は、「何か」意味を感じずにはいられなくなった。
――何が? 何を? ハ……ハルは何を見ていたんだ? く! 『集中しろ! 集中しろ!』
意味のわからない危険信号に囲まれた、進みづらい目の前の道。すでに道を見失った遼は、今この状況で考える時間が無限だと考える。遼はハルが逃げ道を決める時の「たたずまい」を思い出し、心の雑音を静めて、全身で360度に神経を研ぎ澄ませた。その行為すら、意味がわからなかったが、藁にもすがる面倒な 自体に、道を選べない遼には、誰かの真似をする選択肢しかなかった。真似をしてこそ知らなかった真実もある。洞察力は、良くも悪くも、完全にシンクロしよ うとした者にしかわからない景色がある。それが今だった。
――見える……色々な形で「光る道」が……僕が道を、角度を間違えるだけで、違う運命が待っているのか?正解があるの? 何十本もの道。だけど「波長?」 が微妙に違う道がある。大きい……細い……ギザギザ? この道は……違う。身体が少し緊張する。この波長と違う道……ひとつ……ふたつ……ふたつだけ だ……どちらも緊張しない……だけど……ひとつは……。
遼は大きく道の方向が異なる。二つの道に絞る。
――ここで一番一歩を踏み出しやすいのは……僕の走る方向は……『ハルの方角だ!』
遼は初めて自信を持ち、信じる方向に走った。方向が初めて自分で決められた遼。
『身体が軽い! 力が湧く!』
自分で決めた正解と思われる道に踏み入れると、遼は今まで味わったことのない軽快な自分に興奮する。
『動く! 動く! 僕の意思で意識を保って! 僕は身体をコントロールしてる!』
ハルを観察して、自分の無力さを知り、表裏あるコインのかたよりを正解。自分の道を決める方法を理解した。走り続けると、聴こえてくるヘリコプターの音。後ろからもヘリコプターが2機現れた。3機は全て同じあたりに留まっている。遼は静かに様子を探る。