セレンディピティ
公園内の通行人が騒ぎ始めている。一気に恐怖が身体中走る。何をどうすればわからない。逃げたい。すぐに自分の自転車に乗り、無我夢中で走り始めた。体 中に血しぶきがついたまま走り続ける。無意識に自宅方向に向かっていた。遼は困惑しながら考える。頭が真っ白になってきた。今日の出来事。自分のした事、 罪の意識、どれも頭の整理が出来るものではない。遼は今までの事の混乱よりこれからどうなるか考えた。
――僕はどうなる! 捕まる? 当たり前だ! 目撃者もいる! 陽菜に関しては始終見られてる! 僕に起きてる事を説明できるか? いや、ただ頭がおかし い奴にしか見えない! 僕のしたことは異常だ! 僕は捕まる! 今日? 明日? なら早く自首したほうがいい! 動機? そんなのない! 僕が聞きたい! もう暗くて良かった……返り血が目立たない。けどすれ違えばすぐわかる。まずどうする? 家に帰る? もし家に警官がいたら? ゾッとする……また公園 と同じことが? 駄目だ! 今は誰にも逢えない! 僕は僕を制御出来ない! また被害者を増やすだけだ! 僕は僕がしたことは覚えている……でも余りに理解出来ない。僕は銃弾をかわした? いや、どんなに反射神経があろうと、普通に扱いを知ってる刑事の弾が避けれるわけがない! 僕の身体が僕の意識より先 に反応したんだ……これから発砲されるだろう軌道より先に、避けられるスタイルに身を動かして、発砲された時には次の危機に身体が反応している。けれどそ れを判断するのはきっと僕の目と脳だ……僕の頭の中があんなに激しく揺さぶられた気分になった事がない……何が正解!? 僕は捕まって成り行きに任せられ るなら、もうそれでも良い! でも僕の身体がそうさせない! きっとまた誰かを傷つけるだろう……今はまだ身を隠して自分を理解しなきゃ……。
自問自答を繰り返す遼。今の自分を少し理解しながら、自転車をこぎ続ける。家には向かわなかった。
今の場所から近く、身を隠せるところを考えた。その場所はすぐに浮かんだ。
『あの本屋だ』
引き払ったと思われる館。しばらく身を隠して考えるには、絶好な場所に感じた。自分のアパートを避け、少し遠回りに本屋のある坂に向かった。パトカーと 救急車。サイレンを鳴らしてすれ違う。遼は道路脇に身を隠した。公園に向かって、救急車とパトカーが数台向かっている。パトカーが見えなくなると、急いで 本屋の横道に逃げ込んだ。
『ハァ……ハァ……ハァ……』
走り続けて息が荒い。本屋に光は見えない。自転車を建物の陰に置き、どこか侵入出来ないか探した。裏口。ドアに鍵が掛かってない。
――もう……もぬけの殻かな
侵入する遼。真っ暗な空間。意外と広く感じる空気感は、なるべく端を手探りでゆっくり進む。棚にぶつかり本が落ちる。
『いた! はぁ……はぁ……喉が渇いた』
本は栞が挟まっている頁が開く。暗闇の中では気にする余裕はない。最初のドアを開けると洗面所があった。遼はすぐに水を飲み、顔を洗い、窓からの月光で鏡に映る自分を眺める。
『酷い顔だ………ハァッ!?』
遼は突然大きく驚いて、壁に背を当てる。どこかで携帯の電子音のような音が聴こえる。遼は暫くたたずみ、落ち着きを取り戻し、まず自分の携帯の電源を切らなければと考えた。すぐに電源をオフにして、さっきの着信音の付近に近付く。
――携帯の光……まだ点いてる!
光が消える前に、すぐに置いてある携帯を取り、着信履歴を確認した。
『seren……dipity』
携帯からの着信履歴。セレンディピティと表示されている。着信履歴は30分前。先程と合わせて計二回鳴っている。
『これは……もしかして僕に? でも僕がここにくることなんて……ん! 微かなタバコの臭い……さっきまで誰か居た!?』
誰かが置いた携帯電話。タバコを吸わない遼には感じる残煙感。遼は今日の出来事を考えれば、不思議とは感じなくなった。自分の事を知っている人と連絡できる、着信履歴を表示した状態で発信を押す。繋がる音。そして受けた相手の無言。
『も、もしもし……』
『今朝の青年かね』
『今朝のおじいさんですか? あ、あの、僕! 今朝から大変な事になってます! 説明してもらえませんか!?』
『騒ぎはすべて聞いておる……君は殺人犯じゃ! 誰がやったでもなく、紛れも無く君の行為じゃ』
『そ、そんな事言われなくてもわかってます! けれど、けれど! 僕の意思じゃない!』
いきなり犯罪者扱いされた様に聴こえた遼は、少し興奮して言い返す。
『そうじゃな……わしが君を選んだ理由。それは、君が今日……死ぬはずじゃった』
『僕が……死ぬ……はず? え!?』
遼は言葉を失い、老人の言葉を待つ。
『わしらの能力は、人の命を自分の保身の為に奪いかねない力。自分の死の運命を避け、別の人間が請け負う可能性もある。君に一度すれ違った事がある。体の 力が抜けたんじゃ。それは近い未来に、死ぬ事が決まっている人間であり、その前にはわしらは無力なのじゃ。わしは君に近づいた。わしは永く生きすぎた。君に譲るためにわしは……今日部下に、君を殺すよう命令した! 君がどこかで死ぬ前に! 今朝、坂の下りに部下を配置させたのじゃ……じゃが君の運命は、や はり横道にそれたようじゃ』
遼はまだ言葉がでない。全てが自分の知らないところで事がおこっていた。この老人の策ともとれる、先見の明によって僕は操られてたと。
――僕は死ぬはずの人間? 僕はこの老人に生かされた? 僕は本当はすでに存在しない人間?
『わしの力は死ビトに生きる道標を吸われたと言うことじゃ。短時間近い距離におれば充分。わしはこのままなら、普通の人間として死ぬ事ができるじゃろう。 これがわしの幸福じゃ。さて、これからだが……君の新しい人生をどう生きるか。死ビトを捜して今朝までの自分に戻るか? 今の自分を受け入れて、抜け道を 捜すか? どちらにせよ君が今のままでは、能力に振り回されて狂気の怪物となるだけじゃ! 能力を自分のものにしなさい。君はこのままでは、自分じゃなく なる。正直君には荷が重い……知識・経験・体力・精神力。全てが磨かれてないと、操れるものではない……道標として、わしが今の君に言えるのはここまで じゃ』
『あ、あの……僕は今からどうすれば……』
『逃げろ!』
光と轟音が突然現れる。ヘリコプターが上空を飛ぶ。
『はぁぁ!』
身体中が悪寒に襲われる。
『おじいさん! おじいさん!』
携帯はすでに切れている。
窓から覗く遼。すでにパトカーと警官隊が建物付近に見える。近づき過ぎない距離に配置。建物を取り囲むように広がる。
『はぁ! はぁ! はぁ! 僕の緊張感が増す! 息苦しい! どうする、どうする! どうする!! 僕の中の狂気が……溢れそうだ! いっそのこと意識を なくすか? この力を解放して、成り行きに任すか? 建物が取り囲まれた! このまま時間が経てば警告され、出なければきっと踏み込まれる! 僕は一人 だ! 容赦する理由がない!』
遼は頭を抱えた。
『落ち着け! 落ち着け! お前は僕だろ! 勝手に動くな!』
『ハ! ハハハ! はぁっ! はっはっはっぁ~ん』