セレンディピティ
――僕はどうしたらよい? 僕の存在が災いを呼ぶのか? 本当は僕が電車に跳ねられたのか? なら達哉は僕の身代わり? 僕は誰かに近付くと誰かに降り懸 かる? あっ、何か起きる時、僕は調子が悪くなった。あれが予兆? サイン? 誰が? 自分が? なぜそんな身体に? おじいさんは言った。君に譲った と……でもいつ? どうやって? 何を? 今までおじいさんも同じ事が? ならどうやって今まで生きて……そうか……災いが予兆で避ける事が出来たなら、 予兆を感じとって避ければいい。少しワクワクする自分がいる。けどそんな馬鹿な話があるのか? どう確認する? おじいさんは言ってた。運は結果の偏 り……かたより? コインは二分の一だ。けれど二回やって表裏一回ずつくるわけじゃない。何かの授業で聞いた気がする。二分の一の確率は無制限にやればや るほど二分の一に近付くが、少ない回数は偏ると。僕はその偏りがわかるのか? どうやって試す? 携帯……誰? 『はぃ』
『遼? 達哉が死んだって本当!?』
――同じサークル仲間の「加藤陽菜カトウヒナ」。いつもより声が荒いな……。『あぁ』
『はぁぁぁぁ』
――泣きそうな声だな……少し無言にしよう。
『遼、今私そっち行くから家で待ってて』
『車で?』
『そうよ40分くらいで着くから』
――もし車に乗ることになって何か起きたらまずいよ……少し考えなきゃ。『うちじゃなく別で待ち合わせよう! ま、また電話するから! じゃっまた』―― どうする……今は自分に何か得体の知れない「能力」があるかもしれない。けれど認識が甘い。もしないならの考えより、もしあるなら、なるべくひと気の少な い広い空間がいい。今はもう子供も出歩かない時間だな。公園がいい。陽菜に電話しよう……。
『遼?』
『うん、あの、うちから駅方面じゃない方に、広い公園あるの覚えてる?』
『うん、わかる』
『じゃあ今からそこいくね』
『うん、いくね また後で』――すぐに向かわなきゃ。公園を確認したい。10分ほどで到着するはず。ひと気の少ないベンチも決めて、話し込まなきゃ……。
遼は安心の吐息。ひと気はゼロではないが、ジョギングの人や犬の散歩の人。ベンチに座って、これからの話す内容の展開を落ち着いて考え始めた。
陽菜と達哉。スポーツ愛好会のサークル。スポーツは先輩が時折草野球の提案する程度。ほとんどサークル内コンパ。出会いと雑談と友達づくりな集まり。そ んなサークル内で、陽菜は達哉がお気に入りだった。他のサークルに比べて目立つ訳でも、流行りに敏感な集まりでもない。その中で達哉は明るくマシな存在。 地味で個性が少ない遼はがり勉タイプに近い。そんな遼は達哉とはウマが合い、陽菜は遼にとっては死語的にサークルのアイドルとよく口にした。
――今回の事故。自分に矛先がいく理由。当事者。人が死んだ。直前まで触れていた達哉の靴紐。理解を求めたい。罵声は覚悟。自分におきている不可思議な出来事は伏せよう。すでに普通の状況じゃない。混乱は避けたい。
暫くひとりベンチに座り、話しの展開を想像しながら、陽菜を待つ。
『えっ!?』
突然だった。遼は身体に違和感を感じる。
――気分がすぐれない。何か危険が迫ってる?
強い緊張感と吐き気を感じる。
『遼!』
違和感の最中、これ以上ないタイミングで、陽菜が現れた。戸惑い、陽菜が自分にとって何かの脅威があるのかと、哀しみを滲ませる表情で近寄る姿は、電話 より謙虚さを感じる。何があったか知りたい。納得したい。色んな言葉を表現したくなるほど、普段と違う陽菜。今はそんな陽菜の雰囲気より、明らかに挙動が おかしい遼。陽菜の言葉は質問より心配から始まる。
『ん? 大丈夫? 顔色やばいよ』
遼の緊張は増す。何か起きるのかと。
『陽菜……近付かないでくれ』
『え? 何言ってんの? てかマジ大丈夫なん?』
気にせず近付く陽菜。遼は体にきつく腕を組み、うつむき始めた。そんな時、後ろから声がした。
『あなた大丈夫?』
犬と散歩中の年配女性。遼の挙動は、心配を生む。女性は声を掛けずにいられなかった。
『うわぁぁぁああ!』
耐えられなくなった遼の固めた腕が離れた。体中に緊張、いや力がみなぎる。意思と反して動き始める体。理解が出来ない。自分の体と思えない。不可能となった、意思と肉体のコミュニケーション。
遼の左肘。減り込む左頬。打ち付けた無罪な女性への鉄槌。どれほど力を込めたのかと、背筋が凍るほどの距離。威嚇する飼い犬。
『キャア!』
陽菜の声と同時に、別の声が聞こえる。
『水谷ー!』
二人の男、それは今日警察署で遭った「町田マチダ」「鈴村スズムラ」刑事である。感じた事のない力。今……意識はあるのか。おそらく遼を尾行していたと思われる雰囲気。町田を先頭に二人の刑事が近付く。
『動くな!』
二人の刑事は拳銃に手を触れる。
『う゛ぐわぁぁぁぁぁあああ』
叫ぶ遼。怯み、逃げ出す飼い犬。町田の声とほぼ同時に遼は走り出す。二人の刑事は即座に拳銃を握り遼に向ける。20メートルは離れている刑事に向かって襲うように走る。形相だけの判断なら、警告も必要がなさそうなほどの緊張感。
『撃つぞ!』
町田は威嚇して距離を空けたかったが、鈴村は発砲した。乾いた音が響く。鈴村は足を狙って発砲した。しかし遼には当たってない。町田も発砲する。遼の動きは発砲前から常に一定しない動きで走る。銃弾が当たらない。狙う箇所が定まらない。的に嫌われた銃口。遼より揺れる拳銃。引き金の度に、失う平静。不可説。繰り返す不可説。転じた思考は白さを増す。すでに遼は目の前。遼は左手で拳銃の向きを変える。
『ぐぁ!? な!?』
町田は遼の力に逆らえず、その向きに発砲する。
『ぁあ!』
鈴村の顔に銃弾。顔でおきる小さな破裂。陽菜の視界の片隅で倒れようとする鈴村。視界の中心は遼の現実味のない凶行。遼は右手で町田の顔に当て、二本の指は、町田から永遠に光を奪う。
『ぁああがががぁ』
遼の指の根元まで。
『はぁ……ぁぁぁ……』
膝をつく陽菜。遼はまだ指を離さない。
『はぁ……はぁ……はぁ』
指を町田から抜く。
『ぁあ……ぁあ……ああああああーー』
左手は白い。右手は赤い。自分の両手を眺めながら叫ぶ。
『キャアアアアアアアー』
陽菜の叫び、通行人は近付く。遼はゆっくり辺りを見回す。
『陽菜……』
陽菜を見る。その表情は、見たことのない陽菜の顔。初めて表現する形相の陽菜。
『いやぁ……いや……いやぁぁあぁあぁぁー!!』
恐怖からの逃亡。恐怖の対象である遼は、うつろな目で逃げる様を眺める。自分はどこにいる。ここにいる。夢ではないのか。まだ感じるであろう右手の温も り。体中が妙な痛みがあるのか、理解の出来ない動きのせいか、痛がるように両手で体をさする。筋肉の極端な膨張と収縮。撃たれていない理解。罪を犯した手 を拭いたい。ゆっくりと公衆トイレに向かう。手を洗う。取れない。爪に残る証拠の朱。拭えない心の垢。遼は呟く。
『僕は何をした……人を殺した!? 人を殺した!!!? 人を殺した!!!!』