セレンディピティ
冷たい風が吹く。ハルの表情が自分の髪で隠れる。次に表情が見えた刹那、盛清の表情も固くなる。それは盛清にとって見たことのない孫の殺意。
『いいわ……私の能力……欲しい?』
唾を飲む盛清。様子を察する風間。盛清にとって、難しい相手。覚悟をしていた盛清。覚悟をしたハル。ハルの一歩は、フェムを見ているような雰囲気を出さないほどの無防備。
『どっちに能力はつくのかしらね』
『どちらじゃろな……』
『能力を守るための能力よね』
『未来へ繋ぐ能力じゃ……』
交互に会話する孫と祖父。言葉の度に近づく距離感。
『能力……ちょうだい……最後のおねだりよ?』
すわらせた目元。微笑。痛みを感じさせない指に伝う血。鉤の手を握りこむ盛清。
『それが未来に繋がるなら……くれてやりたいわい』
ハルと盛清を見つめる風間。その目付きは、最後まで探している付け入る隙。能力者同士の戦いと思われる睨み合いに、負傷したハルにある可能性。それは盛清からは見えないハルの背中。
横から見つめる風間に見えたハルの勝機な可能性。ハルのベルトに見えた勝機は、スタンガン。風間がそれを見付けたと同時か、盛清に見えている揺れるフェ ムの変化。緊張に盛清は強く握る。鉤の手とは別の手にもつ、風間から奪っていたシースナイフも力強く。それは風間だけへの警戒ではない。
『遼よ、今にでも飛びかかりそうなフェムの動きじゃな』
『ハアァァァァアアア!!』
盛清の言葉を隙とみて飛びかかるハル。
『ルーア!!』
同時に勢いに任せて駆け走る風間とルーア。盛清が警戒した手錠に繋がれた遼は、どこから見つけたものか、上着の内ポケットから隠し持っていた取り出す拳銃。
『ああぁぁあああーー!!』
乾いた発砲音が耳に止まらない必死。盛清に見えた勝機。盛清にとって危険があるならば、それは油断。
遼が能力を用い、襲い掛かるという。だが遼が、どこから手に入れたのか、盛清にとって能力より「軽視できる」拳銃を持ち出した事で、盛清はフェムを見るまでもなく、素人には拳銃を扱えない確信。
ハルの初動は、能力を「感じさせない」動き。ハルの虚勢にのまれない事で冷静になる盛清。
足をとらえようと狙うルーアは、シースナイフではねられる、老体なルーアの首。
ルーアを期待して盛清への羽交い締めを狙っていた風間の首を、鉤の手でえぐる。
ハルの所持品を理解している盛清は、スタンガンを持ち出すハルの腕が折れるほど蹴り上げ、手錠に繋がれた遼の体にシースナイフを投げ込み意識を奪い、残る町田と陽菜を利用から粛清へ。
最後に能力の有無を確認し、手錠に繋がれた遼の首を……。
そうなる予定。そうなる予定だったな……「盛清よ」。確かにそうなる。いや、それは実際の出来事。だがな、それは「起きた事だが、起こらなかったんだよ」。
盛清よ。だから、お前が望む未来の期待をやろう
今までお前たちを、ずっと監視してきた「俺」が。
本屋でも、森林でも、船でも、全てを眺めてきた。未来を予定通りにするために!
俺を見るんだ!!
『盛清よ! 俺をみよ!! 轟く俺の声は聴こえるか! 俺はお前たちにとって居るはずのない存在! お前たちにとって理解の及ばない現象! 走ればすぐに届く距離だろう。だがまずは、俺を見ずにはいられない! 少なくとも……盛清、お前には、理解出来るのではないか?』
『な……なんて事じゃ!』
『盛清。お前はルーアに足を噛まれながらも、俺から目を離せないだろう。この声に気付いた者。聞き覚えのある者。一緒に笑った者。愛し合った恋人よ。酒を交わした仲間よ』
『た! 達哉?』
『やはり最初に名前を発したか、遼! 親友からの奇怪な眼差しというものか』
『た! え? 達哉? 達哉? 達哉!?』
『泣き崩れていた陽菜よ、恋人への哀愁か? お前たちにとって目の前に映る現実を理解出来ないカオスか? 盛清よ、お前はこの場を制圧することが出来た。 ある者の死により、無意識のデジャヴュ。だが、俺の存在により、盛清。お前は確実な未来を見た。理性をもって戦う理由が見えなくなった。遼の発砲が外れたと同時に、出現した俺をお前は見た。フェムが優先した、俺の存在。風間に羽交い締めされているお前は、それでも俺から目を離せない。お前は今を理解したい! いや、したのだ』
『あれは……広金……達哉……なの?』
『ハルよ、スタンガンは役に立たなかったな』
『何が……起きてるんだ? あれがなんだっていうんだ?』
『俺の存在が、何故不思議なのか理解出来ないか、風間。だがここにいる者には全てが不可思議ではないはずだ。すでにお前たちは、普通じゃ理解の及ばない能力を奪い合い、それを認めている。柔軟なはずだ』
『認めるしかないようじゃな……そして、わしが足掻かなくとも……想像した未来が存在している事も』
『そうだ、その認識で間違いはない。俺はこれからも世界を眺める。人間を、進化を、必要性を。そしてこの世界は』――まやかしだということも……。だが、それを決めるのは、まだ……俺ではない。
『消えた……達哉! おい! どこだ!? この世界がなんだっていうんだ!?』
遼よ、お前だけでなく、お前たちの一挙一動をこれからも確認する。未熟な存在で終わるのか。未熟さは寿命の短さのせいなのか。
『お、おじいちゃん……今のはなんなの? 広金達哉本人なの?』
ハルよ、お前だけでなく、お前たち全ての認識は間違いだらけだ。まず、理解には届かず、人に語ることもないだろう。
『春枝や……わからんままでええ』
盛清よ、不安は無くなっただろう? 今お前は何を望む? 落胆か? それとも……。
『この世のカラクリが理解できたわい……』
『ハア! ハア! 盛清さんよ! さっきのがなんだか知らねえが! ハア! ハア! あんたは! 終わりだ!』
風間よ、その体と老体のルーアで、本当に抑え込めたと思えるのか?
『仕切り直しじゃ! 目覚めるための!』
その選択をしたか……盛清。それは自身の欲求からか? それが人間か。
『遼! デジャヴュを起こしてもらうぞ!』
盛清、それを理解しているのも、この世でお前ひとりだろう。
『デジャヴュ?』
『この! 狂ったか!?』
遼、風間、お前たちは混乱するほかない。だれもが記憶にない。記録もない。理解も出来ない。「遼がすでに、昨日からの一日で、数十回死んでいることなど」。
通学に使う坂でも、電車でも、公園でも、森林でも、船でも、大学でも、繰り返しただけだ。
やはり、不幸が予想出来る能力だけでは、不幸は回避出来ない。五感を超えた能力は、人間にふさわしくない。与えれば、無意識のmonstrousモンストラス(怪物の世界)。
『加藤陽菜! 遼を撃つのじゃ!!』
『え!? でも……達哉がさっき』
『役に立たん!! クァァァアアアアアアア!!』
能力を発揮する盛清に、風間やルーアが抑え込めるわけがない。ならハルがスタンガンでおとなしくさせるか?
『やれ! お嬢ちゃん!!』
『おじいちゃん!! あああー!!』
『グガ! ガア! ガアア! 遼!!』