セレンディピティ
続けざまに口を開きそうな風間より早く、話を続ける盛清。
『元々二人が生まれるまでこの世に能力者はわし一人! 二人目に恵まれなかったわしは孫の代まで待ち、能力者の存在が他国に知れ、そのうちな……二人が死ぬような目に合うかとな! なんとか能力者が危険な目に合う環境が必要でな!』
ハルの傷が広がる、心と体。見たくなかった。祖父である盛清の豹変。
『私達が危険な目に遇うために!? ハァ……ハァ……それで鈴村を利用したの!?』
『朝、春枝に合う前に鈴村の元に行ってな。携帯電話を枕の下に隠し、メタンフェタミンを注入したんじゃ』
『覚せい剤……おじいちゃん……なんて事を……鈴村が問題を起こすため!?』
『そうじゃ……加藤陽菜に冷静な判断が出来ない鈴村を更に混乱させて事件をつくり、完全包囲させて、ここにくれば、遼が春枝を捜すと思っとった。じゃからその時がチャンスじゃった。それが今じゃ』
露骨に続く問答。隠さない盛清。避けたいのは、言葉を止めた後の狂気。質問を続けるハル。
『刑事に尾行させたのは誰?』
『あれは清正じゃ……追い回されるのがいやじゃたからな。死期のある者にわしの能力を移せば、自分と春枝が危険な目に合わないだろうという保身のため、わざと遼を危険な目に合わせて、事件を起こせば拉致されても誰も救おうとせんじゃろ。全てはわしの手の内じゃ……』
『そんな事は私にはどうでもいい! 達哉の仇を約束通りとって!』
空気を読まない性格は、純粋な目的。復讐心は、未来を想像する余裕のない陽菜。
『それも違うんじゃ……』
『違う? どういうこと?』
『わしの能力が最初に移ったのは……遼ではない……広金達哉じゃ』
『え?!』
『なんで……』
困惑するハルと陽菜。
『わしは遼への能力の移動に失敗したんじゃ。テーブルをまたいでひと時……移りきるには微妙な距離じゃった。それも遼が去った後で気付いた。立て付けの悪 い本棚から本が倒れてきてな、わしは無意識に避けとった。わしがあそこで本屋をやっとったのは、なるべく人口が少ない土地で死ビトを捜したかった。いつ能 力の反射神経で目立つ行動をとるかわからん。そして人を調べたり捜しやすい。近辺の友人を調べさせておった。同じ電車を使いそうな友人。遼の死の運命を請 け負う者を調べさせた……田村にな』
『田村?』
風間の疑念に見向きもしない盛清は、目線をゆっくりと繋がれた者に向ける。
『遼よ……二度目の本屋に来た時、清正以外にいたじゃろ? 植木鉢が落ちてきた時じゃ』
唯一理解出来る当事者は、尊敬も感動もないかたりべに簡単な返事。
『いた……』
『あれが船でお前の能力を奪おうとした人間、田村じゃ。能力に興味があってな……あれはきっと能力を見るため、わざと落としたのじゃ。そんなミスをする男 じゃない。とても優秀な部下じゃが野心が強かった。だから能力の詳細も教えんかった。風間も含めた関わった人間の監視役じゃった』
ため息を吐く風間。目線を風間に向ける盛清。
『続けろよ』
にやけた笑みで告白を続ける盛清。話の節々に埋まる関係性のパズル。
『わしはすぐさま田村が運転する車に乗り込み、自転車に乗る遼をきわどく追い抜き、田村が監視していた一人、広金達哉に接触したんじゃ』
『なぜ達哉は僕に何も……』
『彼にな、身内のふりをして、遼が自殺を考えておるかもしれんと、君の事は遼から良く聞いていたから頼りたいと……まず彼にゆっくり近付いて良く観察する のじゃと。するとな……彼は言ったよ。「遼は親友です! 僕はそんなこと絶対させません! 僕に遼を止められる方法があるなら教えて下さい! 今日は遼の そばに居ます」とな。達哉の能力が遼に移ったわけじゃ。お互い殺す理由はないようじゃな』
『ぁ……あああああー!! そ、そんな……達哉……はあぁ……』
泣き崩れる陽菜。復讐心へのヒビ。果たされた友情。発言権を失ったバードという人格。終わりの近い告白。
『全てはこの重複のためじゃった。全ての人間が幸福となる』
『おいおい……そんなにべらべら喋ってて大丈夫か? 協力も共感も得られないぜ?』
『どうでもええ』
『どういうことだ!』
『三重重複とはな……わしの先祖の一族が一時期爆発的に増えたきっかけなんじゃ。一度三重重複となるともう能力は永久になくならん。そして触れるもの全て に能力が移る! 世界中が能力者となるんじゃ! ここに能力者が集まっておる時点で重複するのは簡単じゃ! カハハハハ! 風間よ……玉砕覚悟で攻撃して みよ! わしに死期が見えれば! わしに能力が集まる! わしが全員を死ぬ目に合わせれば! 誰かこの中の能力者に全て集まる! わしに誰か勝てるのか? 誰も逃がしはせん! 祖先すべての技を引き継いだわしは敵なしじゃ!』
『くっ!!』
『もうお前らにあらがうすべはない! わしは世界中の一族の長じゃ! わしが動かなくとも春枝あたりが移してくれるわ』
『私を! 春枝と呼ぶなー! その名前は今捨てた!! あんたは……最低だ……』
盛清への怒りと思い出の感情が混ざる。理解したい。理解できない。泣き崩れそうな顔を浮かべるハル。
『いつから……いつからそうなの? ずっと……こんなことの為に? 私とパパが……うぅ……いつか死ぬ目に遭うことを……願ってたの?』
『怒るのも泣くのも自由じゃ……全ての者は一族となり、全ての者に運命の道が見える! 人類の秩序を保つためにも、皆が道を失わんようにする必要がある! その道は一番能力を根絶やしにしないわしに繋がる! 知っておったか? フェムとは、能力を殺さない為の能力なのじゃ!』
――能力の為の能力! やっぱり!
遼は自分の考えが想像していたものだと感じる。
『放射的に広がる事を望む能力! どこから始まりか、何から出現した能力か、それは……おとぎ話じゃ……話したところで、理解できる者はおらん……元々……遼には、もっと違う能力を期待したんじゃ』
『違う能力?』
『わからんかった……わかったところで確認できん』
『なんのことですか!?』
盛清の見えない本音にハッキリさせたい遼。神のみぞ知るという雰囲気の言葉遊び。
『自覚も確証もなければ、ないも同然じゃ! ならば活用するまでじゃ! 重複さえ完成すれば! わしにとっての幸福の始まりじゃアーハッハッハッハッ!』
ハルは盛清への尊敬が崩れ落ち、軽蔑的な目に変わり、何かを思い詰めたように、そしてその思いを伝えさせないように、涙を止めて、同じ雰囲気な質問をする。
『どうして鈴村を狙撃手に撃たせたの』
『時間を稼ぐ為じゃ……一度は鈴村に移るがあの状況じゃ! 鈴村には荷が重い! 優秀な春枝じゃ、能力を有効活用してくれたわ! 鈴村から取り戻すのに手間は掛かったがな』
『そう……』
あたりを見回すハル。横たわるルーアに座り込む風間。手錠に繋がれた遼に倒れたままの町田。戦意も言葉も失った陽菜。
『ねぇ……二重重複はどうなるの』
『今更変な事を聞くの……能力が更に強まり、見た者全てのフェムも見える。じゃが普通に死ビトに移るような中途半端なもんじゃ』
『そう……』