セレンディピティ
『その人がどんな形で死んだか具体的にはわからない。けど殺意があっての死じゃないわ!』
『そんなの関係ない! あいつが居たから達哉は死んだのよ! 能力があろうがなかろうが関係ないわ!! 私は……二日前、妊娠したってわかったの』
伝わる動機。繋がる衝動。
『達哉の子ね……』
『そうよ!! 私は産むわ! 達哉に伝える事が出来なかった! 反応を見ることも出来なかった!! 達哉の笑顔はもう見れない!! わたしの……私達の未 来をあいつは奪ったのよ! 遼に……遼に同じ思いをさせてやりたかった! あなたがキャンパスで油断するために、逃げる邪魔をしたのよ!』
言葉を失うハル。曲げない信念。遼の存在否定。
『もうすぐ来るわ……あいつが!』
『誰!? り……遼が!? 無理よ! 昨日死にかけたのよ』
『はっ! ツイてる男よね! やっぱり遼にはあなたみたいな怪しい仲間がいるのね! けれど、ふっ、もうすぐよ!』
陽菜の目線はハルより遠い。その目線に気付いた時、ハルの上空をヘリコプターが飛ぶ。
『あのヘリ……警官隊のものじゃないわ! ハッ!』
ハルの視線の隙を見て、陽菜は逃げ出す。
『くそ! 鈴村は!?』
ハルは回りに警戒しながら、キャンパスの方向に飛ぶヘリコプターを追うように、鈴村の元に向かう。すでに手首の傷口が開き、はっきりとした出血を忘れるほどの勢いで。
◆◆◆
『陽菜が……そんな、どんな誤解が……でも』
原因。遼の表情。それは、自分の存在が原因。いなければ、達哉は生きていたと、自責。頭を抱える手は、見えない償い。遼を眺めるハル。その瞬間は、視野が狭くなっていた。少し目線を上げれば、拳銃を構えた陽菜の存在に気付いていた。
『風間! とめるんじゃ!』
顔を上げるハル。
『危ない!!』
ハルに飛びつかれる遼。
『チッ!』
『あぁ!』
響く銃声音。風間が陽菜に投げつけた機関銃。狙いの逸れた銃口。倒れながら振り返る遼とハルには理解が難しい面々の集まり。
『おじいちゃん……どういうこと!?』
『こういう事だ!』
風間が突然、遼の手に手錠を掛け、休憩所の細いポールに繋ぐ。
『風間さん!?』
『おいおい、いつまでくっつき合ってんだ? そういうのはあの世でやってくれ』
起き上がるハルと戸惑う遼。
『なぜこんな事を!』
『俺の任務を綺麗に終わらせるだけだ。結果は同じだけどなぁ……バード嬢ちゃんじゃなく、ちゃんと俺が殺さないとなぁ……大学に到着してからってのが面倒な依頼だったがな。盛清さんよ』
『風間、余計な事を……』
風間と盛清の言葉に困惑を隠せないハル。風間は距離を空け、落ち着いて拳銃を構える。狙いは足。二つの命令。町田を近付け、遼を片付ける事。
硬直する遼。ハルは自分の拳銃に触れる。
『お嬢ちゃん静かにしてな……死にたいなら一緒にしてやる』
『待つんじゃ』
『おじいちゃん! 何! これは!』
『おぃおぃ盛清さんよ! 今動き止めとかないと厄介だぜ!?』
盛清は距離を縮めず、ハルの言葉の答えでなく、違和感を遼に尋ねる。
『遼……君はなぜ、手錠を掛けられる事に、気付かなかったんじゃ!? なぜ、加藤陽菜の構える拳銃に、反応しなかったんじゃ?』
盛清と風間の目線はハルに。風間は拳銃を向けず、殺意を抑える。
車椅子を押しながら、ゆっくり距離を縮める盛清。
周りの空気が読めず、座り込んだままの陽菜。
車椅子でうなだれる町田に気付く遼。
『その人は……昨日の刑事さん?』
町田の意識を感じる。ふと見せる噛み締める口元。望んでここに居るのか。理由を知る余裕は遼にはまだない。
『僕には今、能力がない……』
風間の標的が変わる。遼を相手にするより、覚悟が必要。
『そうか……今、春枝に能力があるのじゃな』
盛清の確認。想定の範囲。その想定は、温かさとの決別。感傷に浸れない、感情の渦巻く中心。
『なんで早く殺さないの!』
再度拳銃を構える陽菜。
『陽菜……』
『風間さん! これが最後の任務よ! 達哉の仇よ! 早くこいつを殺して!!』
『バード嬢ちゃんよぉ。順番がある。次邪魔したら、すぐに、達哉君に遭わせるぞ?』
言葉で伝わる本気。陽菜に次の言葉はでなかった。
盛清はなるべく丁寧に、自然に、嘆願する。
『春枝や……大事な事なんじゃ! こっちに来ておくれ』
『おじいちゃん! 遼を……このままにしておくわけ!!!?』
動けない。誰も。ハルを必要とする盛清。ハルを町田に近付けたい風間。遼に復讐をしたい陽菜。
『いいから……さっさと終わらせてよ!! 遼はこのままよ! 私との約束は守ってよね! 風間さんへの報酬も半減する事になるわ!』
苦い顔をする風間。
『おぃおぃ、盛清さん……何とかしなょ』
身動き出来ない遼。
『ハル! 逃げて!』
拳銃を遼に向ける風間。
『黙ってろ……』
能力を持ったと思われるハルの行動を制限させたい盛清。
『大丈夫じゃ……悪い事にはならん。春枝が来てくれれば話は簡単になるんじゃ』
『おじいちゃん!! これは何も! 私達家族の為にならないわ!』
問答に苛立ちをあらわに進言する陽菜。
『身内同士の問題なんでしょ? ハルさん! あなたがこの人の言うとおりにしたらいいのよ!』
引き金を引く風間。
『報酬下がるならよぉ……先にこっちの依頼から終わらせてもいいんだぜ?』
それぞれの言葉が行き交い、皆は目を盛清に向ける。
『あとにするんじゃ! わしには重大な事が今! 目の前に待っておる!』
『何の事!? おじいちゃん! 何に関わっているの!?』
無言の盛清。目的が違う者達。誰もが自分を優先させたい。
ハルが求める盛清からの説明。
拳銃を構えたままの風間と陽菜
車椅子を押しながら近付く盛清。陽菜の丁度隣を、通り過ぎるだけに見えた。
『ぁあ!!』
陽菜の戸惑う声と同時に響く銃声。陽菜より奪った拳銃は、腕を痛ませる風間がうめく為。
『ぐああぁ! こ……この……』
『おじいちゃん!!!? え?』
風間に銃口を向けたまま、次の行動を始める盛清。低い声で痛みを表現した風間。盛清に見える偶察力。その様子をその場以外で気付いた者がいる。
離れたキャンパス。おびただしい返り血。ルーアの容姿に、警官隊は硬直し動けない。ルーアに聴こえた、大事な存在の苦しむ声。ルーアの高い鳴き声は、全 ての状況よりも風間の元に。そして盛清は、ハルが風間の様子に目を奪われた隙。擦り足で近付いた殺意なきはずの存在。ハルの背中側の裾を掴み、一瞬の自由 を奪う為に足を掛け、風間に向かって突き飛ばした。
『え!!!?』
盛清に振り向こうとする事が自然。ハルが行動の前に気付いたのは、風間の表情。ぶつかってきたハルよりも気になる目線。同時に理解するハルの聴覚。甲高い響き。ハルにとって
それはすでに出会った存在感。盛清とは違う方向に振り向くハル。見通しのいい校舎に囲まれた中庭。見えたのは、動くライン。朱いライン。最短の道を理解し ている迷いなきライン。風間の前に立つハル。ラインが近づいてくる。ハルに廻る思考。逃げる事は無意味。すでに標的の目は、ハルを捕らえている。
――チーターが来る!? 即死なら……首にくる!?