セレンディピティ
聞き返す鈴村。深く知りたい。町田が選択した道の意味を。その場が静かであれば聞けた。町田は何かに反応する顔の向きは、横よりも、もっと後ろを。連続する銃撃音。
『がぁ! はぁ……がぁ……』
変声機の男でもない。町田でもない仕業。
『あんたら~。油断したら死ぬぜぇ?』
いつから様子を見ていたのか。警官隊との銃撃音を聞き付けたか、現れた風間が放った銃口の先、舌を無くした警官が拳銃を握ったまま気配を無くす。
『町田よ……もっと早く気付いていたろ? どうして言葉で教えないんだ!』
『夢柱……には……なる!! 学んだ……通り……に……す……す……鈴村ー!! あいつを! あの男を確保するんだ!!』
町田にとって渾身の叫び。反応する鈴村。
『わ!! わかっ…た……く……』
腹部より滲み細く流れ出す血。気持ちだけで立てるものなのか。会話が出来る余裕があったのか。見た目からは、誰かを押さえ付けられる余力は想像出来ない。
『ガッハッハ! やっぱりなあー! 立っているのがやっとだろ! 風間……報酬二割増しだ……鈴村を消せ』
『そういうことか……いいぜ』
鈴村に向ける銃口。
『ぐがぁあああ!』
走る町田。立ち塞がる銃口の先。
『バカヤロウ!! 町田!!』
楯となり、町田の真後ろにいる鈴村を撃てない風間。後ろから町田の肩を掴む鈴村。同時に倒れ込む町田。
『鈴村……一人でも……救え! 逃げろ!!!!』
『町田……わかった』
後ずさる鈴村のすぐ後ろは死角となる校舎の角。走り出す鈴村の前には再び立ち上がり、楯となる町田。
『チッ……』
『構わん!! 撃つんだ!』
瞬時に鈴村を狙い直す風間。町田の耳から鈴村の気配が消えたと同時に、町田はその場に倒れ込む。一瞬躊躇した風間の狙い。町田の背中には、すでに死角に逃げて姿を消した鈴村。死角となる角まで走る風間の目にも、すでに鈴村の姿は無くなった。
『駄目だな……思ったよりあいつ動けるぜ?』
『町田……俺を用無しと判断して、自分で夢柱を完成しようとしたか? 俺が傭兵を雇っていたのは予想外か? お前に今能力がなければ、お前が用済みだ! だが、夢柱が、無事なもんかもわからん。光を得る代償としてリスクを負ってもらうぞ。風間よ、こいつを車椅子に乗せてくれ』
『こいつが撃たれてたらどうしたんだ?』
立ち上がる気配を出さない町田。風間はゆっくりと能力の暴走を警戒しながら、町田を抱き抱える。
『こいつの能力がそうはさせん』
『なるほどな……でよぉ、あの小娘はなんだ?』
離れた場所に居ながらも逃げはしない陽菜。よろけながらも風間に近づき、素性を明かす。
『風間さん……私がバードです』
風間は眉間に力を入れ、目を薄くし、開いた口はすぐに何か言い出す表情。
『は……ハッハッハ!! 人手不足かぁ? 盛清さんよ!!』
変声機を付けた男を嘲笑いながら、変声機を付けた男の今までの視野から、風間の視野に移行して見ると映る男。盛清。飽きた様に変声機を外し棄てる。
『余計な詮索はせん事じゃ……風間! 遼を押さえ込め……そして、町田の前に立たせるんじゃ!』
依頼主から直接に言われる指示。本来姿を現さない依頼主。素性がわかり、後々風間からゆすられる可能性もある。しかし、風間から見た盛清は、すでにその しこりを上回る気迫の温度。ゆする相手には出来ない予感。風間がその温度差を近付ける為には、自らの危険回避。能力者の危険性を熟知している風間。質問 は、能力を慣行して生きてきた者へ助言を求める。
『ただょ、あいつは能力を使いこなしてるんだろぉ? 簡単に捕まるか?』
一日之長。能力を巡った戦いを経験した者への警戒。油断は出来ない。些細な情報が、風間を今まで生かしてきた。
『春枝がおる……無意識で暴走せんよう、春枝を使っておとなしくさせるんじゃ……』
盛清から伝わる目的。すでに身内の視線は乗り越えた覚悟。見えない目的。慣れた覚悟。
『あんたも……悪党だねぇ。まぁいい……俺は報酬だけ貰えれば、あんた以上の悪党にでもなるぜ? そして、あんたの発想、行動……あんた、まるで傭兵だな』
お互いの笑みは、容赦を必要としない目的完遂への執着と了解。
同じ大学の敷地内で起こる様々な希望と目的。ハルを餌にする盛清と風間。それを知らず、ハルを探し続ける遼。
◆◆◆
『はぁ……はぁ……はぁ……』
慎重にそしてひどく苦しそうに歩く遼。進まない足どりの中、泳ぐ目に映る捜し人。校舎の角。人工的に作られた木漏れ日の休憩所。倒れ込んでいるハル。
『ハル!!』
重い体を奮う遼。一歩一歩に力が入る。何が悪いのか様子が見えないハルの気配。届いた掌。触れる背中から感じる心音。遼はハルを抱えて呼び掛ける。
『ハル! ハ……ハル!!』
痙攣するまぶた。すぐに開いた目は、遼を凝視する。
『ん……。り……遼……そうか……あたし……あ! 遼!! あなた危険よ!』
盛清の治療を途中で抜け出したハル。走り続けた事により傷口から出血。バードとの接触後、体力の限界と見えない経緯。遼には無事に見える事でひとまずの安堵と疑念。
『危険? な……何から』
『あんた……ここに誘導されたのよ! それにさっき一瞬見えた……ヒョウか虎か……どうなってるの!?』
ちぐはぐしそうな会話。
『えっと……座れる?』
休憩所の地べた。遼は目線を後ろのベンチにやり、ハルも気付き言われた通りに座る。座るハルにしゃがんだままの遼は話し始める。
『あれはチーターで……能力者なんだ』
あまりにもこの場に相応しくない存在。何が起きているか整理が出来ないハル。
『あれが!? って……誰から!?』
『多分、清正さんから、えっと風間という男が……』
『え!? パパは!!!? 今どうしてるの!』
『ここに来てる! ヘリに乗ってる』
『無事なのね! 良かったあ……それと、遼! あなた加藤陽菜にずっと命狙われてるよ!』
身に覚えが自分にあるかと、混乱しそうになる思考。泳ぐ目は、自分では結論を出せない。
『命!? 陽菜が? 僕の?』
思い出せるのは昨日の凶行。達哉の死。理由や状況を伝える最中。伝えた暴力。伝えた異常。「なぜ」という言葉を喉に止める。
『加藤陽菜に遭遇したのよ……』
追い詰めたバード。出来事をハルは遼に伝える。
◆◆◆
『バード! もうわかってる! 振り返りなさい!』
ハルはバードと決め付ける。鈴村から伝わった「女性」という情報。香水。ハルへの妨害。一番不確かな存在。その人物はゆっくり振り返る。
『さずがですね……あそこから抜け出すなんて』
一つに束ねた長い黒髪。後ろ姿では気付けなかった。低くした声。見開いた目は、先ほど見た弱さを感じさせない。
『加藤陽菜! あなた……全部あなたが? いや……違うわね! 協力者は誰!?』
陽菜だけでは考えられない計画。衝動的な行動。
『遼を……殺すまで言わないわ! 撃つなら撃って……別にもう、どうでもいい』
『どうして!? なぜそこまで遼を!?』
『さっき言ったでしょ! 達哉の仇よ! あいつのせいで達哉は死んだ!!』
明らかな遼への復讐。誤解なのか確信なのか、ハルは少しでも陽菜の思考を変えたい。