セレンディピティ
『使い方もわからん。俺を殺す力はある。死期とは紙一重なもんだ。今お前が俺を殺す方法がひらめけば、一瞬で俺は死んだだろう』
陽菜は何もわからず、体の力が抜け倒れ込む。
『あとはあの2人だ……』
男は車椅子を押し、陽菜の前から去り、次の目的に動く。鈴村は男が去るのを確認すると、はいずりながら陽菜に近づく。
『うぅ……くそ! 加藤! おい!』
鈴村は陽菜の顔を叩く。能力が抜けた脱力。気を失うかどうかの脱力。陽菜が目覚める前に倒れそうな鈴村の余力。
『うぅ……』
陽菜は目を開き、下唇を激しく噛みながら、出血する肩を押さえ、ゆっくり立ち上がる。
『うぅぅ……みんな……みんな! み……みんな!! 許せない!!』
陽菜は鞄からハンカチを取り出し、傷を縛り、鈴村の存在が見えないような殺気で、男の進んだ道を追うように歩き始める。そして携帯電話を出し、どこかに連絡をする。
『加藤! く、くそっ……体が……い……意識が……』
鈴村は銃撃による負傷と能力を奪われた事により、思うように体を動かす事が出来ない。もよおす吐き気と朦朧。そして、まぶたを開ける気力も無くなった。
変声機を装着した男は車椅子を止める。
『ハァッ!』
車椅子の者の肩を両手でつかみ、背中を膝で支え、活を入れる。
『深呼吸をしろ。どうだ……見えるだろ? 諦めていた光が……ん?』
重なる足音。向けられる銃口。ひとり、ふたりと姿を現す。
『動くな!!』
後ろからも3人。5人の警官隊。突然の出現。違和感の理由はすぐ理解した。
『そいつです! そいつに私は撃たれました!』
陽菜はハルを囮にした鈴村同様に通報。今回は被害者からの通報として、変声機を装着した明らかに怪しい風貌と、説明のつかない車椅子から慟哭が聞こえそうなほどこの場に相応しくない者を、警官隊と接触させる。
『おい……そいつは! まさか!』
『まて! 先ずは確保だ! 手を挙げて膝をつけ!』
車椅子に乗った者を見て、その者の素性がわかる警官隊。変声機の男は警告を無視して、車椅子を押し続ける。変声機の男は、あからさまに取り出す拳銃を車椅子の者に向ける。
警官隊は男に銃口を向ける。引き金は、変声機の男の方が早かった。
『ぐがあぁぁあぁあう゛あ!!』
引き金は激しく元の位置に戻った。そのうめき声は車椅子からではなく、上から聞こえる声だった。
『な!?』
『ガハハハハー!』
見失うはずがない、低く屈む男。同時に高く飛ぶ車椅子にいた者。目線が泳ぐ。注意すべきは、下か、上か。男は懐から直角に曲がった金属の鉤(かぎ)の手 を取り出す。車椅子より真上に飛んだ者は、真下にすぐ落ちるはずだった。落ちない。すぐに落ちてこない。永い滞空時間。何かに乗っているのか、直立する 体。その者に見えているフェム。真下に束(たば)なるフェム。見える者にしかわからない、理解している者にしかわからない、厚い光の束。発砲を躊躇する警 官隊。男は下から、目を合わせた警官の瞳を掻きえぐる。その勢いのまま真後ろで眺める瞳も。
『があああああ!』
『ガッハッハ!』
『撃て!!』
警官隊の注意が下に向く。
『ぐぅ……あ! あ! あ! ぁああ!』
上から振り下ろす拳。
『ごぁあばぁ!』
噛んだ舌からの飛び散る朱。頭部への衝撃は戦闘不能に陥る。
『飛べる訳じゃないがなー! 長く滞空は出来るんだよ! フェムには質量がある! 放射するエネルギーの神秘! お前らに理解するスベは、もう……ない』
『がああ!』
更に光を失った警官。どこを狙うでもなく、乱暴に発砲する。
『こらこらぁ……当たったら、痛いだろ?』
耳元に響く変声機の低い囁き。
『あがぁ!』
頸動脈を掻き切られゆっくり倒れ込む。
『はああ! あぁぁ』
少し離れた距離から全てを眺めた陽菜は、理解できない驚きと恐怖に襲われる。男は拳銃を陽菜に投げる。
『俺達を殺したいなら撃つといい。だがこいつの体が勝手に反撃するかもな! ハッハッハ』
震える拳銃。構えた瞬間に、自分の明日はあるのか。達哉が死んだ原因はまだわからない。男から伝わる恐怖と不明解な真実に、自分を忘れる暴挙まで興奮出来ない。陽菜は落胆してうなだれる。それが今の正解。世界観の違う次元は、耳を傾けるしかない。
『さて、急がないとな。復讐したいならついてくるといい! 俺の事は後にまわすんだ!』
陽菜は戸惑いながらも、思い出すのは憎しみ。目つきは戻り、男の後に続いて歩く。
『があぁ! あがぁぁあ!』
『落ち着くんだ。お前は運がいい。一時間近く心肺停止したんだ。多少脳に障害があっても、道は見えてるはずだ。お前は暗闇から、抜け出せた』
腕を上げ、「見えるところに」指を刺す車椅子の者。
『あ……あっち……だ』
指差す先。その道の先は校舎の角。ゆっくりと姿を現す男がいる。
『んん? お前、まだ動けたのか』
毅然(きぜん)とした表情で、無防備に体を全て見せ、立ちはだかる鈴村。見えない弱さ。見せない負傷。
『何を始めるんだ……』
鈴村の問いに、すでに見下した優位さを感じさせる男。
『もうお前に用はないんだよ。寝ていれば良かったものを……どうやらお前よりこいつの方が重症だが……勝てるだろ?』
『がぁあ! はぁぁあ!』
立ち上がる車椅子の者。不安にさせる歩みで鈴村に近づく。止まるかと思わせる刹那。
『ぐがあぁぁぁああ!!』
走り出す。鈴村に向かって。変声機を装着した男のにやける目を背中に。
『支配……完了だな』
『待てよ! 俺は敵じゃない! そうだろ!!!? 思い出せ!! 相棒の声もわからないか!! 町田!!!!』
表情の筋肉が反応する。何かに逆らうような、包帯で巻かれた目の見えない形相は、狂気の怪物に人間性が浮かぶ。意識を失いそうなほど、両手で自分の顔を叩く町田。
『ぐぅ……がぁ……あ……鈴……村……か』
『町田……生きろよ! 普通に……こんな能力に振り回されて、楽しいか!!!?』
光の先にたたずむ鈴村の嘆願。歯を食いしばる町田のジレンマは、見た目から理解出来る気持ちと、生業だった刑事として。
『わかる……かぁ? 俺の……気持ち……が…見えるん……だよ…光……が…諦めて……いた…光……が』
想像のつく答え。相棒として、能力により変えられた人生の被害者として。
『俺も正気を失った……だけどよ、俺達が今まで追ってたのは、俺達みたいに正気を失った奴らじゃないのか!?』
刑事と我が身。交錯する。その二つ以外の事情。
『ガッハッハ!! 友情を取り戻すのもいいがな、もう、そういう話じゃないんだよ! わかってるな? 町田よ』
歪む町田の口。ゆっくり下げる頭は、鈴村への詫びとも見える。
『なんの話だ!!』
頭を上げる町田。開く口から漏れる言葉。
『俺はぁ……世界の……「夢柱(ゆめばしら)」となる』
説明が欲しい鈴村。すでに知っている町田の性格。いつも重い言葉。いつも実直。取って付けた様な言葉ではないはず。普通に意味の理由を切り出す事が自然な空気。聞こえる声は変声機からだった。
『重複(ちょうふく)だ』
『重複?』