セレンディピティ
――この道はルーアが通った道……きっとこの先にハルが!
遼は松葉杖を捨て、フェムの道を翔け走る。
『あの野郎! まだ死ぬんじゃねえぞ!』
遼はルーアの雄叫ぶ方角とフェムを頼りに走る。ヘリコプターから離れ、校舎に挟まれた道を駆け進むと、簡単な分岐点で立ち止まった。ハルへたどり着く道 はわかっている。けれど、その道の分岐では、立ち止まらずにいられなかった。それは、盛清とヘリコプターで会話した時から、ずっと頭に残っていた疑問。
――多分この右に向かうフェムの先が、ハルのいるところ……けれど左側に道は……なぜフェムがない!? 明らかな道ならどんな道にもフェムが見えるはず! 見えないなんて……けれど僕の目的は………。『うぅ! があぁ!!』
遼の突然の唸り声。しかし誰にも聴こえるものではなかった。その声に気づかない風間であったが、目線はルーアの声と遼の足どり。風間の両手には狙いの定 まっていない機関銃から放つ冷えない銃口。目立つ風間に集中する幾つもの目。その目がうかがう狙いは風間の隙。狙いの定かでない激しい威嚇の最中に聴こえ る単発音。
『があっ!!』
一瞬の流し目を戻した先。学食から機動隊が発砲してきた。狙われた足は自然と膝を付く。
『くそがあー!』
『あの男から抑えるぞ! 狙え!』
機動隊は風間に標準を合わせ集中銃撃の体制をとる。学生は校舎内入口より逃がされる。機動隊が狙う、ヒビが増えたガラスの先にいる風間。機動隊の目にかする、錯覚かと感じるような動きをする物体。
優先順位。それは風間の声を聞いたルーアの判断。風間の命令より、願いより、ルーアの優先は風間の存在。風のようにキャンパスに戻り、風間が睨む先。学食からの声は、絶望。
『ギャアァァー! ウワァァァー!!』
『ガァァアアア!! あああ…あー!! 助けてくれえー!!』
ガラスに染まる単色。手形はゆっくり下に落ちる。ルーアは、割れた学食のドアから出て来る。風間を襲ったであろう全ての可能性を絶った。警官隊は惨劇を目撃して、手を出せない状態でいる。
その頃鈴村は、銃撃と惨劇の現場から逃げるように、校舎裏に走っていた。
『はぁ! はぁ! くそっ、どうなってんだ!? あいつらは一体……ん……あいつは!』
鈴村は人影に気付き、物陰に隠れて、近づく影を確認する。
――はぁ、はぁ……もうすぐ……もうすぐよ……達哉。『ん……んぐっ! んん!?』
陽の当たりづらい、校舎と校舎に挟まれた道。鈴村は隙をみて、確認した加藤陽菜の後ろから口を塞ぐ。同時に落ちる陽菜の鞄(かばん)。
『おい! 騒ぐなよ! お前何でこんなところでうろうろしてる!? ギャッ!!』
塞がれた口。睨めない顔。しかし鈴村の声はすぐに気づいた。そして負傷した場所も。鈴村の負傷した顔を叩き、腕を口から払う。そして振り向きざまに目的を当てつける陽菜。
『あなた、遼に会いたかったんでしょ! 今きっと来てるわ! 会いに行きなさいよ!!』
鈴村は顔に手を当てながら睨む。
『くっ! 加藤陽菜! お前……何に絡んでやがる! 俺は水谷の公園での奇行の原因を、今、自分の身体で理解しているぞ! 説明してやるから!』
『そんなの関係ない! あいつのせいで達哉は死んだのよ!』
『お前……この能力の事知ってんだな!?』
言葉を失う陽菜。鈴村の偶察力。刑事としての観察力。その目から見る陽菜の表情は、元々嘘が苦手な者。それが肯定出来ない理由。否定は罪悪感の嘘。肯定も否定もない。つまり私は知っているという意味。それが鈴村に聴こえる表情。それなら、なぜ言えないか。遼の友人。能力への理解。復讐心。遼の現在地を把 握。決め付けるたくなる鈴村の想像する答え。間違いでも失敗じゃない空気。
『お前……バードか?』
反応する表情筋の動き。一つの謎が解けた鈴村。
『嘘は言ってないわ!! その能力がある限り同じ事が起きるわ!』
『お前……この能力が無くなる事が目的か? 違うだろう! 誰の仕業だ!』
『いや!! 近付かないで!』
鞄を振り回す陽菜。怒鳴るように質問攻めで詰め寄る鈴村。陽菜はたじろぎながら、鞄を振り上げ、口を動かし始める。
『それは! あ……ああっ!!』
『な! おい! 加藤!』
響く音は、その日、校舎の敷地内では、目立たない発砲音。鈴村の後ろに飛ぶ鞄。肩を抑えながら倒れようとする陽菜を抱え込む鈴村。
『く……う!!』
能力者独特の脱力。最中に理解する、二つ目の謎。それは更なる混乱。振り向いた鈴村が見た人物。
『あんた……誰だ!? え!! お前!?』
拳銃を握った男と、車椅子で運ばれた者、二人。拳銃を握った男は見る。陽菜の鞄から、零れるように落ちた変声機。拾い、耳に掛け、装着する。似つかわし くない声。視界はその男からの光景。脱力感が拭えない鈴村と、事態が理解出来ない陽菜のうなだれる姿。その最中、男から映る鈴村の目線は男から反れない、 匂わせる事情通な男。
『面倒な事を言いそうでな……ハハハ! 面白いもんだなあ!! 変声機は! 違う人格になる気分だ! 声に似合う役者を演じようじゃないか! これはな……ちょっと……深い話だ……ガハハハハ! どうだ!? 役者っぽいか!?』
『あああぁああ!!』
苦しそうにもがく陽菜。銃口はゆっくり、鈴村に向かう。躊躇のない殺気。物陰に隠れようと走り出す鈴村。
『があ! ぐあ! あぁ……』
鈴村に放たれる2発の音。
『能力はもうお前には無いようだ。もう動けんだろ。そして加藤陽菜。撃たれたという事に大袈裟に苦しんでるが、よく感じてみよ、そんなに痛くないはずだ』
『うぅ……ぅ』
男の目に映る陽菜は、痛みか、混乱か、定まらない表情。
『どうだ……それほど痛くないだろ? ん? やはり痛かったか? 広金達哉も痛かったかな? ガハハ! そんな暇もなく一瞬だっただろうか? ガハハハハ!』
わざとらしく陽菜を挑発する男に、陽菜は目を合わせ睨む。そして男の後ろに、車椅子で朦朧(もうろう)とする者に気付く。陽菜は目を合わしたい。直視したい。思い出すのは、惨劇と復讐の狼煙。込み上げる感情。
『ハァッ! ハァッ! い……生きていたのね! 仲間だったの? なんのつもり!? 何が言いたいの!?』
『広金達哉の死の原因は……単純じゃない』
『あ……あなた……全部あなたの仕業なの!!!?』
『どうだ……憎いか……悔しいか? ちなみに今のお前には能力がある。俺を殺せるぞ? 知るがいい!!』
向けられる銃口。顔中の筋肉を強張らせる陽菜。男は陽菜に向かって発砲する。
『ひぃ!!』
陽菜の体が能力により、すでに立ち上がり銃弾を避け、のけ反る。
『わかったな……銃弾も避ける能力だ』
それならばと、勝機を感じた陽菜の目つきが変わる。
『ガハハ! いい目つきだ! 俺を殺したいんだな! だが……』
一度振り返り、車椅子の後ろにまわり、車椅子を陽菜に向けて押す。ゆっくり、ゆっくり、陽菜の目の前までゆっくり近づく。引きつる表情の陽菜。車椅子に乗る気配なき者。
『イヤ! 近……付かないで! あ……』