セレンディピティ
【私どもは完全に水谷に知られないように動いてます。そして常に監視しております。ご協力いただけないのでしたら別の人間を捜します。ただ、あなたが生きているのが知られれば、身内の方にも危険にさらされます。それでは失礼致します】
『ま、待て! くそっ』
電話は一方的に切れる。人を助けるための行動。信用がしきれないバードという存在。脅しのようにも、鈴村のことを気遣っているようにも感じる投げ捨てた 言葉。独身である鈴村が連想するのは両親や親戚の安否。刑事としての鈴村には、断る理由がなかった。それをハルに伝え終わった。
◆◆◆
『俺は病院を抜け出し「真っ直ぐ」大学に向かったんだ』
『真っ直ぐ? 銃はどこで?』
入院時に回収されていると想像する拳銃の出どころ。警察署から盗んだと思われている情報。病院から大学へ直行してきたという鈴村の言葉の裏付け。その話の最中に鈴村への怪我の処置が終わり、ハルは拳銃の先端で学食の部屋の隅へ誘う誘導をする。
『俺は学食で加藤を捜しながら待ち、学食にやってきた加藤を見付けた。目の前に現れるなり、あいつは叫び始めた! そして学生が群がり始めて、俺が窃盗犯だと言いはじめた! 俺は少し混乱しながら、そして重さを感じて自分のコートに手を入れたら、拳銃が入っていた!』
『それが本当なら、完全にはめられたわね。多分マスコミに嘘の情報を流して、銃の出どころが確認される前にニュースで流れた訳ね』
嘘をついているようには感じない鈴村の言葉。そしてハルの知る情報をそのまま伝えるハル。その詳細を伝え始めると、驚きを隠せない鈴村。
『ニュース!?』
『私がここに来る前から、あなたは警察署から拳銃を盗んで逃走中となってるわ』
『な!? なんて馬鹿な事に!』
『どうして発砲したの?』
『俺は……きっと精神的に不安定になってたんだ。病院では鎮静剤を打たれたはずだが、朝は妙に自分が興奮と不安な状態に感じた。さっき撃たれるまでは、回りが見えなくなっていた! くそっ!』
――そこまで読める人って誰? 『狙いはわからないけど、どうやら私達、誰かの罠にハマったようね』
『お前……バードに関わってないのか!?』
『多分……無関係じゃないわ。そして私はここを抜け出したい! 協力出来る?』
ハルの存在を知っていると思われるバード。まだわからない理由。ハルの言葉に辺りを見回して状況を眺める鈴村。学食で怯える学生。様子を探り続ける機動 隊。外には数える事も面倒になる警官隊の数。その状況で、怪我をした自分に出来る協力など皆無だと思えることに笑いがでる。
『ハハハ! 協力もくそもないだろ! 完全包囲だ!』
『今のあなたなら出来るわ』
『どういうことだ』
自分に能力を感じられないハル。能力が移ったことに自覚のない鈴村。細かい説明をする余裕もない。まずは「見てもらう」しかなかった。
『まず意識をしっかりもって。遼の二の舞になる』
『遼? お前は水谷の仲間か!?』
『彼は昨日色んな事に巻き込まれて、重症を負ったわ。そして彼と同じ能力が、今あなたにある』
『の、能力?』
『落ち着いて呼吸して。目をつむって。何が見えるか言って』
鈴村からすれば意味がわからない。しかしふざけているようにも見えない。バカバカしくも思える。言われた通りにやる理由が納得に至らない。そして、やらない理由もない。何も手段のない鈴村は、ハルの言う通りにする。
『なにも……ん? なんだ……この光は……目を開けてもハッキリ見えてきた』
『それはフェムという光。そしてその光が大きく滑らかな道が、あなたにとって良い方向に向かう道よ』
にわかには信じがたい能力。信じたくはない反面、公園で見た、遼の狂気な行動は、すでに信じられない暴挙であった。能力の意味より、なぜ自分にそのような能力があるのかが気になった。
『なんで俺にこんな能力が!?』
『私の能力があなたに移ったの。死期が近い人に能力は移る。けど処置されて、あなたの死期は遠ざかったはず。どの道が一番大きい?』
無駄な事を言わないハルの言葉には、更に信じられない能力の一端と、使い慣れた者だから言える言葉にも聞こえ、鈴村は質問に素直に答える。
『こ……この学食の玄関……キャンパスに出る道だ! 思い切り目立つ場所だぞ!?』
『そうね……でも間違いない道のはず。道が消える前に行くわよ!』
『おい! 待て! 俺は撃たれて歩けるかも不安だぞ!』
『きっと大丈夫。その道を踏み外さなければ、あなたの体は道を護るため強靭になるわ! その道なら無敵だと思って!』
『そんなこと……本気で言ってんのか!?』
知らない者にとっては突飛な事ばかりを口にするハル。理解も練習もできない鈴村を引きずるように引っ張り、二人で玄関に向かって歩き始める。それはまるで人質となっている学生や機動隊の存在を忘れるように。
機動隊に背中を向けた瞬間、隊員は、足に隠してあった拳銃を取り出す。
『動くな!! 銃を下に置いて手を上に!!』
聞こえていないように前へ進もうとするハル。当たり前に静止して指示に従おうとする鈴村。
『ほらみろ! やっぱりだ!』
『気にせず行くのよ! 体はつらい!?』
『それは……思ったほどじゃない。いやむしろ力がみなぎる! なんだ……これは!?』
『意識をしっかり持って! 自分を見失うと、遼と同じ事が起きるわ!』
少しずつ体験で理解に進む鈴村。信じるか信じないかではなく、自分はいつまた撃たれても仕方がない存在。不思議な能力の話をするハルの言葉に、無茶な能力に半分開き直りながら付き合ってみたくなっていた。二人は機動隊の警告を無視して歩き続ける。
『撃つぞ!!』
機動隊は全員で隠し持っていた銃で構える。
『撃ったら学生に向かって撃てるだけ撃つぞ!!!! 撃てるもんなら撃ってみろ!!』
ハルの威圧に機動隊も言葉を失う。そして下手に発砲できず、完全な隙を見つけるまで硬直することしか出来なくなった。
『お前……すげえ女だな……』
『褒めるのはここを抜け出してから褒めて!』
外の狙撃部隊は、動き出した二人を狙い続け、隙をうかがう。学食のドアから外に出るハルと鈴村。少しずつ学生との距離が空くことで、今にも狙撃されるのではないかと不安にかられる鈴村。
『おい! 人質から目を離した瞬間狙撃されるぞ!』
『あなたはフェムを踏み外さないで! 道から外れた時が隙を与えることになるのよ!』 ――やっぱり自分の腕を撃つか!!
自分で操れない能力。不安で体が重い鈴村。再び自分に死期をつくって鈴村から能力を取り戻す気持ちでもいたその時、ハルの目に強い光があてられる。
――うっ!? 眩しい!?
誰かがハルに向かって鏡で視界を一瞬奪う。その挙動の隙を見逃さない狙撃部隊は、ハルの挙動に慌てる鈴村を狙って発砲してきた。
『うおおお!!!?』
鈴村を狙った銃弾はすり抜けるように避けられる。鈴村本人は、自分に何が起きているのか理解が及ばない。銃弾が地面を跳ねた気配。どこから飛んできたのかもわからない銃弾を避けたことだけを理解していた。
『来るわよ!! あなたはフェムを踏み外さないで! 私は、いま邪魔した人間を追うわ!!』