セレンディピティ
『まぁ、ハル本人はあまり気に入ってなくて、自分の事をハルと呼ぶんだがな。春枝と呼ぶのは父さんぐらいだ』
『はっはっは! まだわしが春枝と言う度に嫌な顔をするわい! そして……この能力は正直不可解じゃが、時代に合ったからか、まるで進化した未来からの贈り物のようにも見えるのじゃ』
『未来? ですか?』
『あるんじゃよ……昔から受け継いだ書物に、到底考えられない物語がの……まず昔の人間に書ける書物じゃないだろうというほどに。じゃが、それは現実味がないからの! 恐らく進化の結果じゃろ。身を守るためには常に偶察力が必要じゃ』
『偶察力?……』
遼にはピンとこない、聞きなれない言葉に考え込むがわかるようでわからない。その様子を察した盛清も、思い出したような話で説明を始める。
『偶察力とはな、簡単に例えて言い表すなら……ある高名な人物が付き人と道を歩く。高名な者は言った。この道は左側だけ草がない。なぜだと思う? と付き人に尋ねた。付き人はまるでわからない。高名な者は言った。この先には右目が見えない山羊がいる』
『あ! なるほど』
『つまり、突然の出来事を見極める理解力に瞬時な機転じゃな。選択肢のひとつとも考えられる先祖の職務は、突然の出来事に迷ってはおれん。常に二者択一、 いや十者択一とも言える。間違えれば即、死に繋がる。そんな時、知識や経験から空気を読み、常に最良な道を選んで、生き残った先祖が子孫に繰り返し受け継 がれ、今の形になったとわしは思う。セレンディピティとは、わしらのような能力や偶察力を一番表現しておる造語じゃな。色んな国に旅する先祖もおったらし くての、無意識で動き回ったらしく、仕舞いにはドラキュラと呼ばれたりもしたらしいわい! ははは』
『ハハ……無意識も進化の形ですか?』
『恐らく……そうじゃな。または違う能力同士が混ざったか。必然的か、偶然的か、いつでも自分を守るスタイルをとらねば生き残れんかったんじゃろ』
さまざまな可能性を口にする盛清。その言葉の中で探り探り自分に降りかかった能力の根本を知りたいと思う遼。
『なぜ、死ビトに能力が』
『先祖は色んな形で、常に子孫を残す事を考えて生き残っとったと思う。そのためには、能力にとって、何か必要な事なのかも知れん。世界のバランスか、秩序 か。技を門外不出にするためにも閉鎖的に一族内だけで繁栄をしようとも考えとったらしい。その副作用か、一時期爆発的に一族が増えたとも聞く。その一時期 は一族にとって最良の時だったじゃろな』
バランス。秩序。それはまるで能力に意思があるかのようにも聞こえる。そして、盛清には、その繁栄が最良という考え。
『どうしてそのまま繁栄しなかったんでしょうね』
『それは……きっと時代の風潮かもしれんな。恐れられて……囲まれて……人質に取られたり、酷い虐殺があったと聞く。ただわしが思うに……能力は……能力の為に……』
『能力のために?』
尋ねたいことが次々と思い浮かぶ遼。しかし、今は生死に関わりかねない戦場ともなりえる場所への移動中。遼の言葉に反応して考える盛清でもあったが、風間の言葉により緊張感へと変わる。
『お喋りはそこまでだ! 到着した』
小さな窓から下を眺める遼。それは見慣れた自分が通うキャンパスの上空。すでに各入口を包囲し、塞いだ出口のない空間。それはつまり、入口も考えられない。
『ど、どこに降りるんですか?』
『ここだ』
風間の返答の意味。それは遼にとっても場違いに感じる。それ以上の言葉なく、反論の余地もなく、先ほどまで平坦な空気感であったヘリコプター内の、体に 掛かる垂直な重力の変化に、先の展開も読めないまま身を任せることしかできなかった。いつもなら、何も考えられなかった自分。しかし今は、ハルの安否を考 えることで、弱くなれない自分もいた。
ハルの現状。それは遼が乗るヘリコプターの現状より時間はさかのぼる。治療されながら、鈴村のこぼす愚痴の中から、今までの経緯を知るために。
『何かあったの?』
小声で尋ねるハル。鈴村はハルに合わせた声の大きさで会話を始める。
『尾行の予定は無かったんだよ。水谷は……あれは事故で終わるはずだったんだよ』
本来の事情。現場の状況は目撃者の情報を含めて、一見して事故という処理になるはずだったことを話す鈴村。
『それじゃ……誰かが通報とか?』
『ああ……町田を名指しで「今回の電車の事故はまた起こる。そして水谷は、何か得体の知れないものを隠し持ってる」とよ』
『どんな奴?』
『町田によれば、声は30~40代。落ち着いた口調の男らしい』
――誰? 『さっきの電話も?』
それは、つい先ほど、ハルを見つけるきっかけとなった、鈴村の携帯電話へ連絡をしてきた主。ハルの存在も知る者。
『いやっ、さっきのは女だろう』
『だろう?』
『変声機を使って、偽名はバードだ』
――バード? 『そもそもあなたがここに来た理由はなんなの?』
鈴村がこの大学へ来た理由。これだけの騒動となる出来事を起こした理由。それは一本の電話からだった。
『俺が入院していたベッドの枕の下に、携帯があった。振動で気付いて電話に出たんだ』
鈴村はすでに迷い人。ここまでの事態になった理由を知りたい者のひとり。そして時間が経ったからか、銃撃されたからか、最初にハルが鈴村を見た印象とは変わり、口調も落ち着いており、電話の内容をハルへ丁寧に話し出す。
◆◆◆
『はい……この電話は俺のじゃ……』
【初めまして。あなたは水谷遼にはめられました】
寝ている頭で突然の振動に気づいた鈴村が、思わず着信に出てみた誰かが置いた携帯電話。知らない携帯電話の事情から話し出したい鈴村へ、一言で事情を付け加えてきた者。
『は!? 誰だ!? その声は変声機だな』
【私の事はバードと呼んで下さい。あなたと同じ事が身の回りで起きます。得体の知れない能力を持った彼を止められる人は、彼の手から生き延びた者だけです】
公園で見た遼の異常な行動。まるで策略的な暴挙だとでも言わんばかりのバード。変声機に関しての事は不要な説明とばかりに必要なことだけ話してくる。
『はぁ!? どういうことだ! なぜ俺に!? そんな凶悪犯なら通報すればいいだろう!?』
【それは出来ません】
『どうして!?』
【彼の仲間は沢山います。警察内部にも。なので秘密裏に動く必要があります。今、水谷はあなたが死んだと思っています。どちらにせよ絶対安静中に身動き出来ないと。彼に関わった人、そのうち消されます。尋問して些細な情報を得ただけでも】
話の規模が大きくなってきたと感じる鈴村。どこまで信じていいのか。信じない方がいいのか。それでも脳裏に蘇る公園での遼の異常性。無視をすることが出来ない鈴村。
『俺に何をしろと』
【公園で水谷が接触した加藤陽菜が次に狙われます。加藤の詳細はメールにて送ります。彼女に直接会って危機を伝えるのです】
『それだけか?』
【はい。接触後、こちらから保護の方法を連絡致します】
『接触後? どうやって俺が接触したのか知る!?』