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セレンディピティ

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 駅に到着した遼。いつもの場所に自転車を停めようとする。不特定多数並ぶ自転車。いつもの場所が、乱雑に置かれた他の自転車。少し機嫌が悪そうに、乱暴に自転車の間へ突っ込むように自分の自転車を置く。その機嫌の悪さは他の自転車でも、本屋の老人が理由でもなかった。
――あの危ない運転の高級車……あんな運転するなら自転車乗ればいい。
 駅に着く前の小さな憤り。ありそうな出来事。遼の進行を妨げた荒い運転がいた。いつもと違う事が重なったからか、駅のホームで電車を待ちながら愚痴る。そしてふと感じる。それは、ざわつく心はストレスからの緊張か、体調の変化は、メンタルの弱さからか。
『なんだか吐き気がするなぁ……え? あぁ、達哉か』
 真後ろから遼を呼ぶ声。
『ふぅ、ふぅ、遼! ふぅ……ふぅ……同じ時間珍しいな!』
 いつから後ろにいたのか。同じサークルの「広金達哉ヒロカネタツヤ」。荷物が多いせいか、地面についていた膝を、荷物を持ち上げると同時に立てる。
『遼……』
『ん?』
『いや……いやぁ! 俺もぅ単位やばいんだよなあ!』
『あはは俺も! まぁまた来年同じ授業受けようよ』
『え~……やだょ代返する奴もういなくなるよ』
『あ~リアルにそれ辛いなぁ』
 同じサークルに、同じ授業を受けている二人。取り留めのない会話。いつもの雑談。遼は下を見ると、達哉の靴紐が解けているのに気付く。いつもなら、細か い気配りや清潔感も感じる達哉には似合わない。本人も気付かない些細な事。所属するサークルの荷物をしっかり抱える達哉には、足元は見えない。
『だらしないなぁ~、紐どうにかしたら?』
『おぉ! 悪い! 手いっぱいで』
『しょうがないなぁ』
 遼は少し気分悪い事もあり、妙にうつむきたかったついで、達哉の靴紐を直そうとしゃがむ。
【黄色い線の内側にお下がり下さい】
 黄色い線の上。靴紐を直している遼のすぐ横には、スキー板を持った男女が愉しそうに雑談している。電車の気配。オーバーな手振りで弾む会話にスキー板は 意識の外。手振りの拍子に浮き上がるスキー板。簡単な電車との接触。焦り抱え持つ者を中心に回したスキー板の反動。遼の頭上の先にある、達哉の顔に直撃する。
『ぎゃっ!』
 こらえる達哉。靴紐を持っている遼。バランスを崩す達哉。遼が見上げた時には、達哉の顔は電車に接触。反転する顔。気付きはじめる周囲。最初の悲鳴は、 反転した顔の達哉と、目を合わせた刹那の者。その力が抜けた体は、電車へ再度巻き込まれるように、触れて、はじかれて、無気力に飛ばされる達哉。既に真後 ろへ倒れている遼は、達哉を見失っている。遼の後ろから聴こえる、高い悲鳴、低い慟哭。一番理解していないのは、一番身近な友人。叫び声は続く。

 初めての実況見聞に警察署での調書。その後は学校へは行かず自宅に向かった。
『なんでこんな事に……達哉……』
 大学のサークルへ連絡することも忘れ、全てがいつもと違う今日の出来事を振り返る。
『あのおじいさんに逢ってなきゃこんなことには』
 八つ当たりに似た感情。戻ることのない友人の出来事。今朝の会話のどこかに恨む原因の一つでもないかと、遼は自分に対して伝えてきた言葉を思い出してみた。
『運命とかなんとか……どんな運だよ! LUCKY? どこにあるんだよ! くそっ…なんだっけ? LUCKじゃなく? 君にはセレ、セレン? もう一度会ってあのセレ……なんとかってなんなのか聞いてみたいな……』
 何かに納得したい。紛らわしたい。これから遼に起きると言った言葉の意味。いつもの帰宅路を変え、通学に使う坂に向かった。
 急な上り坂になるため普段は使わない帰宅路。天候の変わりやすい今日。自転車を押して登る。乾いた路面は想像よりも進み易い。
『え?』
 自転車を乱暴に置き、横道に走った。
『看板がなくなってる』
 木彫りの看板がなくなった事に驚き、奥へと走った。数人の体格のよい「男」が見える。
『すいません! ここの本屋のおじいさんは?』
 男は答える。
『あの方はもうここには来ない。帰りなさい』
『あの、失礼ですけど身内の方ですか? あの方って?』
『ここでの用が終わったようなので引き払いです』
 聞く耳を感じさせず突き放す口調の男。二階でベランダの物を中に入れる男。関係性を尋ねるよりも、老人の所在が気になる遼。
『あの! 僕、今朝会ったばかりでおかしな話を聞いたんで尋ねたかったんです! 運命とかの話で……』
 変わる男の顔つき。
『君が……なんとも運命的なことだ。いやあの方が君に近づいた結果か』
 何か理由があって出会った。それは核心。知っていれば違う一日。それは、いつもと同じ一日。
『詳しく教えて下さい』
 男は軽くため息をついて答えた。
『話して理解することでもない。そして自分が弱い人間と思うなら……極力人に近付かない事だ』
 更に気になる遼。しつこく聞いて教えてくれる男にも見えない。遼は語りたい。今日の出来事。聞けば反応するであろう。遼にとって放ってはおけない出来事。重要な出来事に、重要な返事を期待する。
『おじいさんに会ったあと、僕の友達が今日……目の前で死んだんです!』
『そうか、気の毒なことだ……もしかして君が死ぬところだったんじゃないのか?』
 遼は愕然とした。あの時しゃがんでなければ、靴紐を手で持ってなければと。
『あのおじいさんが僕と関係があるんですね! 教えてくだ……ぅ』
 突然の吐き気。刹那の遼は、なんとなく、というよりも、自然と右側に体をねじりたくなった。動かなければ直撃は免れなかったであろう瞬間。左側には三階 建ての本屋。別の男の過失か、二階にある大きな植木鉢に当たり、落ちてきた。植木鉢の植木側が目の前の男に当たるところだったが、素早い反応で右腕で防いでいた。
『大丈夫ですか?』
『あぁ……けれど君はもう帰った方がいいな』
 電車の事故と比べれば大したことのない出来事。だが遼がいることが良くない事に聞こえる。どうかなったのかと不安にかられた遼は呟く。
『僕は……どうすればいいんですか』
 助言が欲しい。何かがおかしい。弱い人間であると認める。言葉を求めたい人間は、自然と無意味に自分の顔を触る。
『君にとっての問題ではない。まわりの人間と今は近づきすぎないように、距離をおくといい』
 なぜ隠すのかと、遼が感じるのは相当な情報量。具体性のない言葉には、力を入れた目で訴える。そして遼の目力を感じた男の反応は、何も情報を与えない決別。
『これ以上の問答はごめんだ! もうここを去りなさい!』
 遼の表情から返された強い口調。これ以上はいられないであろう空気感。涙目に無言の会釈が精一杯。静かに自転車の場所に戻り、自問自答しながらアパートに向かう。
作品名:セレンディピティ 作家名:ェゼ