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セレンディピティ

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『最善尽くせ! 死なすなよ』
『わ、わかりました……処置、始めます』
――誰が私の事を……はめられた!?
『う……くそ……元々、町田から……水谷を尾行する話がきた時から、おかしくなったんだ……』
『え!?』
 ハルの緊迫状況の最中、山脈の上をヘリコプターで移動中の風間は、ルーアと次の狩りをするべく行動する。
     ◆◆◆
『ああ……そうかい……わかった……』
 誰かと連絡を終えた風間は、携帯電話を胸にしまう。
『ルーア……次の目的地が決まった。楽しい戦場にしなきゃなあ』
 ルーアを眺める風間。思い出すのは、日増ししてきた傭兵業。慣れない日々は勘が狂う時もある。経験の浅かった日々、頼りだったルーアという「男」の存 在。相棒と呼べる戦友の少なさ。生き残る為には必要な、背中を任せられる相棒。利害関係もない。裏切りもない。諦めていたルーアの存在。想いを込めてルー アを撫でる。
『あっはっはぁ! またお前と戦えると思わなかったぜ! 今日は死ぬにはいい日だ! お前の名前の由来[Lua・Butlerルーアバトラー]。ルー ア……お前は俺が10年以上前、傭兵として駆り出していた時の、最初の相棒の名だ。そいつの飼っていたチーターの子供がお前だ。お前の親は、その時の俺よ りルーア・バトラーの頼りになる相棒。お前の親はお前を産んですぐに死んだ。ルーア・バトラーから名前を、お前の親からは裏切らない魂を、お前は受け継いだんだ』
 ルーアはじっと風間の目を見る。
『昨日……戦争犯罪人の罪を司法取引成立で生かされるはずだった。だが、ヘリコプターの爆発により発動した無意識の怪物。俺の声も届かなかった……お前なら能力を使いこなして生きて行けるだろう』
 風間のそばで育ったルーア。ルーアにとっても、風間は唯一の家族。相棒の名を付けるほどの愛着と信用。その空気をお互い共有している深い絆。大きい仕事には必要な、信用できる背後の目。
――しかし俺の雇い主は何を考えてる。顔も名前もしらんが、前払いの額がデカすぎる。清正の事を狙った矢先、あのガキの拉致を優先。失敗後、再び清正を……今度は能力を手に入れてから……次の地点。その後、最後の目的地で……何が起こる? 報酬に合わすなら、今からが勝負だな。
風間は興奮と与えられた環境に自分を交錯させるため、次の目的地に急ぐ。

 ほんの数分、皐月を病室に残して車椅子に乗った清正と香山と盛清は退室した。取り乱した遼をなだめるように、落ち着かせるための配慮。落ち着いたところ を見計らって、病室に再び入室する三人。遼を中心に、掛ける言葉も見つからず、数時間前の凄惨な出来事を物語るような、消化しきれなかった異物。遼は意識 のない時の自分にある不相応な能力に落胆する。想像や自問自答を繰り返す退屈な生活。一日経った今は、すでに場違いな世界へと放り込まれ、自分が人間なのか、すでに支配された化け物なのか、平穏だった夢と現実は、もう過去のものだと受け入れようとも考える。言葉に出さないと耐えられない憤り。
『そうか……ハハハ……もう驚かない……また現れたんですね、無意識の化け物が……どおりで歯が何本か矯正されてる……アハハ……食べたんだ……僕が!? どうして!? ありえないよ……全て……全て……あんたのせいだろう!!』
 遼は盛清に指をさして怒鳴る。眉一つ動かさない静かな目で見る盛清をかばうように、皐月が遼の肩に触れながら語る。
『今日は……あなたの能力を巡って、昏睡中何度か能力が入れ代わって、その最中の事故だったのよ……』
『そ! そんなの……そんなのないよ……』
『いや……皐月さん……いいんじゃ。そうじゃ! 君を利用した……わしの都合じゃ』
 これ以上言葉が出ず、顔を布団に埋め、ふさぎ込む遼。想像できる心境。納得がいかない。おそらくは、どうして僕が。何故選んだ。盛清が投げたコインのか たよりは、自分だったのかと。吐き出したい言葉は沢山あった。けれど全ては過去の出来事。解釈の難しい自分の状況。戻れない昨日。まわりは何と声を掛け る。僕は弱ってるよと。気持ちをわかってくれよと。弱くなる心。けれど開き直りたい自分。理由がいる。これから待ち受ける出来事は何か。遼の耳が捉えた言葉は、冷たくもあり、無視も出来ない、弱くなる自分の歯止めになる可能性。
『すまんが、今、君の感傷に合わせられんのじゃ』
 遼にとって耳が痛くなる他者の都合。ふさぎ込みそうな心でも頭に入るその理由。
『今、春枝は、君の尻拭いに向かっとる』
 顔を上げる遼。名前から連想できたのはハルの事。明らかに自分の原因かもと、聞かずにはいられない夢見る前の戦友。
『ハ! ハルが!?』
『父さん! どういう事ですか!?』
『昨日刑事二人とやり合ったじゃろ。一人がな……おそらく君を捜しに……何が起きたのか、君の大学で人質をとり、立て篭もっとる。春枝はそれを抑えに向かった。君に助けられた借りを返すためじゃ』
『い! 今の状況とかは!?』
 清正がテレビに振り向くと、その様子を察した皐月は、足早に部屋の隅にあるテレビをつける。
『ニュースは……あ! これです!』
【……以前立て篭もる鈴村容疑者と、後ほどに発覚しました20代前半。赤い髪の色と革のジャンパーを着た、仲間と思われる女性は、踏み込んだ機動隊を含め人質を捕り……】
 清正にある余裕のない感情。自分を中心に、周りにありそうなものを探すように見回す。その顔は選択をしない父親の表情。探しているものは、動くための体。
『メスかハサミをくれ!!』
『え!?』
『すぐに俺の死期をつくる! 父さんの言う通りこいつの感傷に付き合う時間はない!!』
 清正は遼を睨みながら怒鳴るように叫ぶ。その遼も、目を離せず、空気が硬直した中、突然、船の外でヘリコプターが舞う音。
 何者が現れたかとその場にいる者が思案する中、機関銃で銃撃しているような連続した音。するとすぐに盛清の携帯電話が鳴る。
『下村か! なんじゃ!』
【い、今!! 未確認のヘリコプターが現れ! こちらのヘリコプターが銃撃されてます!! 何か……何かが飛び降り……船内に入りました!!】
『なんじゃと!!』
【わ!! あああ!! ヘリが!! …………】
 音信不通となる連絡。下村が待機していたヘリコプターで何者かが現れたことで、病室にいる者に伝える盛清。
『な……何かがくる!』
 盛清は、響く廊下の反響からか、気配を感じる。静かだが、着実に近づく目的を持った何か。気配の速度に感じる恐怖。足止めをしたい衝動。
『ドアに鍵を閉めるんじゃ!!』
 気配を具現化したい。何者か、何物か。ドアに近付く皐月。すでに遅すぎる行動。けれど変わらない。鍵を閉めても、きっと無意味だったと思えるほど、吹き飛ぶ病室のドア。そしてほぼ同時に、意識がそれるほどの船の外からの爆発音。
『なんだ!?』
 目の前の確認が遅れるほど連続する心の衝撃。爆発音より冷静に視界に入るものを理解する盛清。
『恐らく、ヘリが爆破されたんじゃ……それより……こいつが厄介じゃ』
作品名:セレンディピティ 作家名:ェゼ