セレンディピティ
『あなたは……本屋にいた……あの……ハル……って言う女性が一緒で……あっ! 体中が……痛い……』
『ゆっくり目を覚ませ! まだ何も考えるな!』
戻ってくる重複する足音。盛清と香山の笑顔と不安。
『おお……目覚めたか!』
『……(凄いですね。あの囁きだけでこんな効果が)……』
遼の目の前にある椅子に座る盛清。そして意識を確認するように、わかりやすい言葉をかける。
『君は自分の名前はわかるかい?』
『水谷……遼……あなたは……本屋の!』
『おお……記憶はしっかりしてるようじゃな!』
『僕は……ハルといて……色んな人に追われて……夢じゃなかったんですね……はぁ……水が飲みたい……』
皐月は手早く吸飲みで水を与える。
『ふぅ……う……うう気分が……吐き気……が』
遼は少し起き上がり、手際よく皐月は洗面器を用意する。
『オェ!! ゴホッ! ゴボッ!』
胃の残留物を吐き出す遼。誰もが想像しなかった物体。いち早く理解したのは香山。それを一番理解したくないのは吐き出した本人。
『ぐふぅ! えっ!? 僕は一体……何を食べた! 何を! 何を! 何を食べたんだー!! うあああああー!!!!』
意識がなくなりそうな勢いで叫ぶ遼。認めたくない物体。理由も知りたくない驚嘆。
そこには溶けきれなかった髪の毛に、肉片が残っていた。
◆◆◆
『こんな顔にしやがって!! これが笑顔で市民を守る顔か? おい!! お前どうだ!? こんな顔に守って欲しいか!?』
鈴村はガーゼを少しめくり、学生に向かって怒鳴りながら見せる。言葉に迷う学生は、色んな意味を含めた謝罪。
『すいません……すいません……』
『お前は正直だぁ! そうなんだよ!! 違うんだよなぁ!! この顔じゃ正義語れないんだよ!!』
周りの反応に敏感すぎるほどの挙動に、考えをしまい込むことの出来ない精神状態。全てに開き直り、後にも退けない状況に、更なる興奮と憂い。傍観するハ ルは、安い感情に純な理由を想像。隙と時間の勝負。なるべくなら警官隊による突入により、目立たない自分を理想と考える。
――自分の顔を鏡で見て愕然した結果か? 単純な遼への復讐。
『あのやろう!! 俺をここに呼んでおいて、なんで現れねえ!!』
――あのやろう? 誰? ……鈴村をここに導いた。
『くそぅ……なんで俺は来ちまったんだ……』
――鈴村を抑えるのは簡単。けれど私が目立ち過ぎる。そのうち機動隊も踏み込むね。
動けない学生。隙をうかがうハル。その中心にいる鈴村から携帯電話の着信音が響く。
『ぁあ!?』
苛立ちながら鈴村は電話にでる。
『おぃ……てめえ!! こんな目に合わせやがってえ!! 何!? そうか……わかった……』
――鈴村をここに招いた者。この状況で? 私の緊張が増す。狙いは……私ね。この男に私はやられない。けれどこの緊張は? 変にプレッシャーが強い……簡単じゃないってこと? 誰が私の存在を知ってるの?
体に迫ってくるような緊張感。いつもと違い、慣れた緊張感ではないと感じるハル。鈴村は辺りを見回す。そして赤い髪に革ジャンを着たハルが目印のように目が止まる。
――くるね。
握り直す拳銃。威圧的な目つき。きっと今まで犯罪者を相手に戦ってきた鈴村。犯罪者との違いを見せない態度。犯罪者らしいレッテルを自らに貼付けた覚悟の威嚇。近付く度に蹴り飛ばす椅子。
『お前……水谷の居所知ってんだろ……わかんだよ!! 俺には!! お前、俺と目が合う瞬間、目を避けなかっただろ? この状況で……避けるよな? 普通』
ハルを見つけた目印は、犯罪者側からみた人質の態度である視線の違いと言わんばかりの、偶察力の見極めを語る鈴村は、更に急接近する。
『えっ! そんな……誰の事ですか? 知らないですよ!』
ハルの視界。それは鈴村の背景に見えるガラスの壁。キャンパスが一望できるガラスの壁。まばたきしたかどうかの瞬間だった。ハルが見つめる鈴村の背景に見える食堂のガラスにヒビ。一点より広がったヒビ。それと同時に鈴村の顔は固まる。
『は!? あ……』
鈴村の目線は前から上に。体は前から下に。ハルに被さるように倒れる鈴村。
――狙撃手! あれは警官隊!? はぁ! そ、そんな……。
能力がまるで広がるように抜ける感覚を、再び味わうハル。すでに経験した感覚。意識を強く持っていないと、無意識に陥る心の葛藤。
『あぁ! あああー!!』
『君! 逃げるんだ! 今なら逃げられるよ!』
気を確かに持とうと、声を上げながら耐えるハルに、恐怖で怯えていると感じた学生が、ハルを助けようとする。
――くぅ……このままじゃ! 鈴村に死なれる!!
待機していた機動隊が突入。ハルにとって面倒な事態。刹那の優先順位は、逃亡か、鈴村か、能力か。
『皆! すぐ避難して下さい! 君も!』
この事態に立ち上がろうとしないハルに対して、理解と情報を与える機動隊員。
『鈴村が君に近付いたら、すぐに銃撃できるという連絡があった! 突然の事で動揺する気持ちはわかるが、今は立ち上がりなさい! 早く!』
――誰!! 誰かが通報! 私の能力を知ってる!? なら……。
ハルを助けようと体を支える学生。鈴村の確保に動こうとする機動隊。ハルは学生を跳ね退け、その行動に警戒する機動隊員。学食に銃声が響く。
『動くなー!! そしてこの食堂から出る人間は撃つ!!』
ハルの行動に空気が止まる。そして一人逃げようとする。逃げようとする男子学生が触るドア。逃げられるとふんで、外に近づこうとした一歩。学生は、突然割れるドアガラスに頭を抱えて座り込む。
『おい! てめー!! 逃げるなって言っただろー!!』
発砲して怒鳴るハルに、機動隊員は慎重に話し出す。
『君は……鈴村の……仲間? か!?』
『そうなら……どうだっていうんだ!! お前は下がれー!!』
まだ意識のある鈴村は、態勢を変え、仰向けになり困惑しながらハルを見る。
『はぁ……はぁ……畜生! 仲間だと!?』
『お前らあっちに固まれ!! 学生は向こうだ!!』
ハルの指示により、機動隊が部屋の隅に固まり、学生も一カ所に集める。
――最悪な展開……けど、今こいつに死なれたら能力が!
ハルは学生に拳銃を向けながら、機動隊員に尋ねる。
『おまえらの中にこいつの応急処置できるやつはいるか!!』
『いや、居たとしても、医療道具がない』
『医療班から一人呼べ!! ここで処置しろ! 早くしろ!!』
機動隊から見て、狙いの解らない暴挙。完全包囲の中、要求する救命。人質も多数。断る理由や駆け引きの理由も見えない機動隊は、無線で連絡する。
『おいお前! 無線と銃集めろ! 装備も脱げ! そこに集めろ!』
ハルは学生のひとりを指名。言われるがままに、申し訳なさそうにも重い装備を集めては、ハルから見える食堂の真ん中に積んでいく。隙を見せないように凝視するハル。ハルのカンに障らないように迅速に労働する学生。
――こいつの死期が消えても……また私は手首撃つの!? まじ……勘弁!!!!
食堂の外に現れる非武装員。食堂の様子を眺め、装備の山に、占拠されたと理解する医療班。ハルの手招きと誘導により、慎重に近寄る。