セレンディピティ
清正の乗る車椅子を船員が押し、遼の居る病室に向かう。廊下の先からは、ゆっくり近づき現れる皐月の姿がある。
『あっ、盛清さん! ご無沙汰しております! こちらの方は……』
気の晴れていない清正は、誰にも目を合わさずに、力なく車椅子へ深く腰を沈めている。
『清正じゃ』
『え!! 盛清さんとのご関係は……』
『すまん、適当な事を言ったが……わしの息子じゃ』
『あ! そうですか! わかりました……お察しします……この怪我は新しいのでは?』
適切に処置をされていそうな包帯の巻き方。その下から滲む朱。医師である皐月は当たり前のように尋ねる。
『さっき……風間にやられたんじゃ』
『え!! じゃあここを去ってすぐに……なぜ?』
盛清は、事情を隠すことが先々良い結果になるとも思えず、協力を得るためにも、事情を語りだす。
『清正の能力を奪われたんじゃ』
『そ……そうですか……では今、彼が能力を……』
『今、改めて清正に能力を戻そうと思いやって来たんじゃよ』
『お断りします!』
力なく目を背けていた清正は、盛清の言葉に自分の譲れない部分を反感の意で返す。納得させたい盛清だが、声を大きく、まるで聞き分けのない子供に叱りつけるように叱咤する。
『清正!! 必要な事なんじゃ!! 今はそれどころじゃないんじゃ!!』
それでも理由の詳細をハッキリさせない盛清に、まだ説得の余地も感じる空気感。ハルを大事にする気持ちをおす。
『もう……俺と……ハルを巻き込まないでくれ! う゛っ……』
『ま、まずはもう一度傷の手当をしましょう!』
こらえていても声に出てしまうほどの激痛。それを察して口を挟む皐月。親子の水掛け論に一先ず怪我の治療という理由を間に入れて言葉の投げ合いは休戦する。
『すまない……頼む』
『彼は……あの病室かい』
『はい』
『会いに行ってよいかな』
『どうぞ。父が居ます』
病室に入る盛清。香山との対面は、一見戸惑い、見定めるであろう風体は、顔を繊細な金具と包帯により人相不明な状態。
『か、香山……』
『もりきゅょすぁん……おふぃさすぃぶりぃでぇす(盛清さん……お久しぶりです)』
『大変な目にあったんじゃな……』
『……(あっはっは……これは皐月にやられました)……』
ヘリポートの血痕や香山の被害。娘からの悪意なき暴力の結果。悲劇のいきさつを頭でまとめる盛清。
『能力が何度も入れ代わったんじゃな!』
『……(はぃ……田村という傭兵は無意識の彼にやられまして、他船員三名が田村と彼により)……』
すでに限界とも言える状況だったと察した盛清は、清正に連絡をしようと考える理由が自然と納得できる。それは悪意ではなく、危険を承知で、無事な形で遼と引き合わすために。
『そうか……ところで彼、遼は?』
『……(遼と言うんですね。身内ですか?)……』
『いや、昨日の朝初めて会話したばかりじゃ』
『……(そうですか。彼は昏睡から覚めません)……』
『少し診てもいいか』
『……(どうぞ)……』
盛清は遼の体中眺め、触診する。盛清も関心するほど完璧に治療され、縫合され、理由を考える歯に矯正器具まで付けられた有様。昨夜に携帯電話で会話したあとから今までの悲劇が想像できる。
『遼は、外傷や出血と言うより……精神的なものかもしれんな』
『……(私どもには、出血多量が原因としか)……』
『遼は一日で自分に起こりえない事ばかり体験した。目覚める事を拒否し、永い夢をみとるかもな』
盛清は遼の頭側に立ち、耳元で囁く。それは優しく、時折命令的に、遼の右手がゆっくり上がる。右手を下げると左手が上がる。言葉の効力。遼の反応で効き目を確認するかのように。それは明らかに目を覚ます事が可能な状態。自分の力で筋肉をつかい起き上がる事もできる期待。
『……(催眠術……ですか…)……』
『あぁ……そんなもんじゃ』
遼の耳元で小声で囁き続ける。訛りを入れない盛清の言葉。すでに盛清の言葉を「聞く姿勢」が完了している遼の体に、深層心理にまで響かせる。とても素直に、夢ならば物語を変えるきっかけとして。
『遼や……見えてくる。今の居場所から抜け出すきっかけが。人か羽ばたく鳥か。認識できる。自由への光が』
盛清は遼を眺め、反応を見る。まつげの震えは夢を見ているであろう浅い眠り。自分を認識する理由と出口が見えた時に戻る意識。
『反応はしておる。もう少し様子を見よう』
『……(どこで習ったんですか? 相変わらず私は脱帽感でいっぱいになります)……』
『先祖がこういうこと好きな医者でなぁ。はっはっは』
笑い声が廊下まで響いたと同時に、簡単なドアのノックですぐ入室してくる皐月。手当をした清正の車椅子を押し、共用ベッドがある病室にやって来る。
『手当終わりました』
遼と香山を見る清正。軽い会釈に言葉は零さず、皐月の誘導するベッドに自分から乗り上がり、固い顔で静かに仰向けに横になる。
『……(盛清さんも少し休んで下さい。医務室でお茶でも飲まれて下さい)……』
『すまんがそうさせてもらうかの』
医務室に向かう香山と盛清。皐月は病室に残り二人の様子を見る。顔を背けて横になる清正に対し、硬直した空気を少しでもほぐすように、言葉を掛ける。
『清正さんはずっとあの能力を持ってたんですか?』
『はい……生まれた時から……』
皐月の策略ない素朴な質問に素直な答え。
『そうですか……じゃあ盛清さんもなんですね』
自然な読みに自然な会話。反抗期に似たような父親への態度と、どこまで知られて良いかという会話のバランスを表現するように、清正は苦い顔をしている。少しの無言に答えを察した皐月も、その言葉に慎重とされないような心情を伝える。
『気にしないで下さい! 私……今日偶然彼から能力が移って……危うくお父さんを殺してしまうところで……私……この能力のために、船の船員全員を殺める事を強く考えたんです』
お互い能力が無くなった事への安堵感からか、特殊を体験し、普通となった二人は、気持ちを共有出来ている理解者にも感じ、清正は皐月の方に顔を向け、真剣に聴き入る。皐月は遼の頭を支えじっと見つめて語る。
『私は元々死期がなく、たまたま乗り合わせた人に死期を造られた。これって自然じゃないわよね! この子は私と同じ形で能力者に?』
『いや、昨日のうちにどこかで死ぬはずだったと想像している。能力者による殺意の死期は関係ないはずだ』
遼に対して羨望を感じる眼差し。静かに眠る姿の遼と清正に語る。
『その方が自然よね! あなたのような形で普通じゃない能力が入るなら、今のこの状態でも羨ましく思えちゃいます』
遼の頭を撫でながら笑顔で語る皐月。
『おかしい女だと鼻で笑って下さい! 私はこの子が、今まで平凡な私の日々に突然現れて、非日常な出来事があるって教えてくれた大切な存在なんです。…… ちょっと大袈裟に言いましたね! 羨ましいだけです! 結局私は能力に魅了し過ぎて、心まで人間であることを忘れた。私には誰かの為に能力を使う勇気も運 命もない……だから……私はあなたになりたい』
遼が見る夢。夢は一瞬の出来事。一瞬で終わらない時、退屈とも感じる夢の出口は……存在は、認識から始まる。