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セレンディピティ

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『安心しろ……そういう類いじゃない……』
 風間は意識して常に田崎と距離を空けている。距離を空ける理由から想像するものは、必要以上の警戒か。その後の田崎に待ち受ける可能性なのか。
『すまないがルーアの鍵を下に落としてくれ……』
 田崎は不安になりながらも、自分への気遣いと、昔から無駄な嘘を言わない風間への信頼から、丁寧に鍵を地面へ置く。
『お前は立派な訓練士だ……生かしてくれてありがとな』
 尊敬する風間からの称賛にはにかむ田崎。狩猟用四肢動物の訓練で主に生計を立てていた田崎は、風間から一頭預かっていた。
 風間が中に入ると同時に響く独特の鳴き声。鳥のようでもあり甲高く、それは風間に向けて鳴いた声である。視覚より聴覚で目的の檻に近付く。
『間に合ったな……お前は最高の相棒だ』
 そこにはやせ細ったメスのチーター。
『ルーア……もう一度走り回ってみろ』
 風間はルーアの檻を開ける。ルーアは風間に近付き、体を風間にすり合わせる。
『ぅう……ぐぅ……ハハハ……やはり人間だけじゃなかったようだな! 能力の移動は! ハハハハハー!』
 身体から何か放射されたような気分。その理解を超える能力者共通の脱力感。頭でわかっている風間は、容易に踏ん張る目眩の中、弱っていたルーアは目覚めた様に横たわる事の無意味を感じる。ゆっくり立ち上がる姿には、直前の有様を忘れさせるほどに。
『あ~ハッハハハハー!! 行くぞ! ルーア!』
 離れたところからルーアの立ち上がりに驚く田崎ではあったが、立ち上がれた理由と、健康状態に慎重な言葉を投げる。
『風間さん! いきなり外に出すのはまずいです!』
 微かに悩んでいた風間の思考、それはイメージするコインの表裏。投げた時点で見える結果。風間の想像するコイン。それは両面が表。風間は想像のコインを投げた。
『ルーア……あいつはお前をずっと診てくれた素晴らしい男だ……殺せるか?』
 指を刺す風間の指示を察するルーア。甲高い声を上げ田崎に体を向ける。意味するものは風間への忠誠心。風間の意思に悩む必要を持たない忠誠心。
『そ、そんな……うわあああああ!』
 ドアノブを握る汗ばんだ右手。
 チーターは四肢動物最速の生物であり、2秒で時速70キロメートルに達し、最高時速150キロメートル以上となる。意識しなければ目に止まらないスピードは能力の開花。田崎の判断する1秒は永すぎた。
『ぐわあああああああぁぁ!!』
 目線が追いつく前に足に食いつく牙。倒れる体に護れない首。遊ばないルーアの執拗。動かなくなる半死半生。
『が……ぐぁ……ぐぁ……』
 風間の想像するコインを投げた時点で、予想していた結果。ルーアが待つ風間の挙動。
『いいぞ……喰って』
『が……が……がぁぁぁぁああ』
 体中に力がみなぎる残酷。満たされるまで喰らう餓え。風間は他の動物の檻を開ける。意味するものは、不審に思われることを防ぐ、田崎に起きた不幸な結果。見つからない不審者とその相棒はヘリコプターに向かい、ひとつの目的を果たした。

『僕でいいんですか?』
 森林からの脱出の際に、ハルと清正を乗せた操縦士、「下村シモムラ」が盛清に尋ねる。
『あぁ、さっきの気絶させられた理由が更にハッキリわかる方がよいじゃろ?』
『あの……また殴られたりしませんか?』
『清正はこの通りじゃ……さっき行った場所に行く必要がある』
 下村は訳もなく殴られ、清正からの謝罪を受けた後の再飛行に、渋々とした雰囲気を出しながらも、断る理由もなく、医療設備を積んだヘリコプターで盛清と清正との三人で搭乗し上昇する。
 清正は目的地の緯度と経度、着陸許可を貰うタイミングを下村に説明。その話す物腰には同じ暴力を興さない意思表示のように、柔らかい言葉遣い。
『わかりました清正さん! 最短で向かいます! 体を休めていて下さい!』
『ああ……すまないが休ませてもらうよ』
 和解できたことで安心する下村。丁寧に傷口の処置をする盛清に、これからの出来事を尋ねる清正。
『俺に能力を戻す考えですよね……』
『あの青年よりいいじゃろ』
『けれど……俺はあの能力が欲しいとは思いません』
 能力に振り回された一日。持っていなければやってこない災い。簡単に返事をしてくる盛清に、自分の心の声を伝える清正。なだめるように語る盛清だが、自分の意見を通したい清正。
『彼が目を覚まさないならお前が頼りじゃ……そして春枝はお前の状態をまだ知らん! 何とかせねば』
『けど……その後はどうするんですか? 能力が戻っても俺は風間に勝てるとは思えません! 仮に足が負傷していなくても、奴のあざとさは現役の傭兵ならではの躊躇ない判断……父さんは、どうしたいんですか』
『勝ち負けではないんじゃ、能力者が近くにおらんと……』
『何か……能力に関して俺が知らない事は……ありませんか?』
『清正……お前は優しい心の持ち主だ。だがその優しさを偏らせてしまうと、裏を返せば狂気となる。特に母親を早くに無くした春枝に対する愛情が強いばかり に、他の全てを敵に、そして隙を与えかねん。知っての通り、近隣の国で、今にも戦争が始まろうとしとる。加速する社会主義が、自国の力、権力を誇示するた めに……次第に増える傭兵業はそんな社会への不安を払拭するため適応しようと始める者も多い。能力は平和を守る為の鍵じゃ……そのためには能力者は近くに おらんと駄目なんじゃ』
『俺達の能力が平和? とてもそうには思えません!! あの能力のおかげで常に追われ!! 危ない橋をわたる!!』
『そうじゃな……能力を使いこなし、とても優秀じゃ』
『優秀!? そんな言葉の為の能力などないほうがいいです!! なければハルにもっと普通な生活をさせられた!!』
 普段は盛清を尊敬し反論を見せない清正。自分に起きた出来事をハルにまで味わせてしまう恐怖。盛清の中で留めている計画と、策略のはっきりしない行動に興奮が混じる愚痴。
『俺はもうこんな環境は懲り懲りです……父さんが! 先祖の名残を残したいっていう気持ちはわかります! だが俺とハルは……望んでない……』
『気持ちは良くわかった! そのわだかまりを払拭する為に! 常に今行動しとるんじゃ』
『何か起こるんですか?』
『場合によるわぃ……』
 歯切れの悪い返答。中途半端な言葉より多くの言葉を語り、お互いにある事情の片鱗を伝え合い、清正は心のわだかまりを妥協し、盛清は展開次第で変わる未 来へと話を進める。話したいことは沢山ありそうな清正。その口火を切っても納得させることが出来ないような予感。無言のまま目的地に近づくと、下村が近況 を伝えてくる。
『もうすぐ到着します。着陸許可貰いました』
 清正の誘導の助けにより見えてきた船。ヘリコプターは待ち構えていた船員の誘導により、ゆっくり降下する。外には下村の手配により、清正用の車椅子が用意されているのが見える。
『わ、私はここで待機しております! れ、連絡頂ければすぐ離陸準備致します!』
 慌てるように伝える下村。盛清は辺りを見回すと、船内に入る入口近くの旗用のポース周辺に、生々しい血痕が残っている。
――下村はあれをみたんじゃな……。
作品名:セレンディピティ 作家名:ェゼ